日本経済 長短金利操作導入の功罪 - 日本のケース

日銀は長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)を主な政策手段として引き続き実施していく可能性が高い。金融機関への悪影響を懸念する声もあるが、イールドカーブ・コントロールによる日本市場への影響にはプラスとマイナスの両面があると我々は考える。

by 青木大樹 / 細野光史 2020年 8月 03日
  • 日銀は長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)を主な政策手段として引き続き実施していく可能性が高い。金融機関への悪影響を懸念する声もあるが、イールドカーブ・コントロールによる日本市場への影響にはプラスとマイナスの両面があると我々は考える。
  • 1つ目に、イールドカーブ・コントロールは日本国債のボラティリティ(価格変動率)を抑制してきた。これにより円相場が安定し、国内投資家によるヘッジ無しの外債投資が活発化した。だが、世界経済が減速しインフレ見通しが低下する中、長びく低金利は金融機関の収益性の改善に寄与していない。
  • 日銀は2022年後半または2023年に10年国債の利回り目標を徐々に引き上げると我々は予想している。その際のリスクは、金融政策の正常化を始めると、市場の思惑次第で国債利回りのボラティリティが上昇する可能性があることだ。そうならないためにも、日銀のフォワード・ガイダンス(先行き指針)が一段と重要になるだろう。

2016年9月に導入された長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)はいまや日銀の主要な金融政策となっている。マイナス金利の深掘りだけでなく国債買い入れペースの引き上げが難しい中、その傾向は一段と強まっている。長期金利を固定するイールドカーブ・コントロールは金融機関に悪影響をもたらすという声もあるが、イールドカーブ・コントロールによる日本市場への影響にはプラスとマイナスの両面があると考える。

プラス面の1つ目は、イールドカーブ・コントロールにより日本国債のボラティリティが抑えられている点だ。米連邦準備理事会(FRB)でも最近イールドカーブ・コントロールの可能性が議論されているが、FRBの狙いがイールドカーブのフラット化であるのに対して、日銀の主な目的は2016年1月にマイナス金利を導入した後にイールドカーブをスティープ化することだった。日銀がマイナス金利政策を導入した後、イールドカーブはフラット化が進み、10年国債利回りはマイナス圏に突入した。

また新型コロナの感染拡大を受けて世界中で金利のボラティリティが急騰したが、日本政府による国債の大量発行にもかかわらずイールドカーブ・コントロールが効いている日本国債の利回りは安定している(図表1参照)。日本政府は2020年度に、通常の年間発行額の約3倍に当たる150兆円相当の国債発行を予定している。

2つ目は、国債利回りを抑えることで日本円の値動きが安定し、国内投資家によるヘッジ無しでの外債投資が活発化したことだ。これがある程度、円安要因として働いている可能性がある。

2012年のアベノミクス開始以来、ドル円の相場動向は日米10年国債の実質金利差(名目金利から消費者物価指数の伸び率を差し引いたもの)によってある程度説明できる(図表2参照)。2012-2015年は、日銀による大胆な資産買い入れが実質金利と円相場に大きく影響したが、2016年以降実質金利差は落ち着いており、それに伴いドル円相場も安定している。

またイールドカーブ・コントロールの下、日本の金融機関は外債の保有残高を増やしており、またその一部は為替ヘッジをせずに購入したものである(図表3参照)。2019年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が為替ヘッジありの外債投資を国内債として区分変更したことも、ヘッジ無しの外債保有残高が増加した要因と考えられる。年金基金や生保会社には、基本ポートフォリオにおける外債の保有残高を引き上げる余地がまだあるとみている。

だが、長引く低金利は金融機関の収益を引き続き圧迫している。イールドカーブ・コントロールの導入で金利のボラティリティが低下し、金融機関はクレジットリスクを取れるようになったが、世界的な景気減速とインフレ期待の低下を受けて、イールドカーブは再び長期にわたりフラット化している。金融機関の収益性を見てみると、生保会社はキャピタルゲインの計上で利益が改善しているが、銀行の収益はイールドカーブが一段とフラット化する中で悪化している(図表4参照)。また、イールドカーブ・コントロール導入以降、銀行の貸し出し態度はさほど改善していない(図表5参照)

このように、日本経済が減速する中でイールドカーブ・コントロールは金融機関の収益性改善にはさほど効果がなかったとみられるが、日本国債の利回りと円相場の安定には寄与しているため、日銀は主要な政策手段としてイールドカーブ・コントロールを続けるものと考えられる。国債利回りが安定していれば、大規模な国債発行が可能であり、国内投資家による外債投資の拡大意欲は中長期的に高まる可能性が高い。新型コロナの感染拡大が収束すれば、日本経済の成長率とインフレ率は緩やかに上昇することが予想されるため、日銀は短期金利を当面マイナス圏に据え置く一方、10年国債の利回り目標については2022年後半か2023年には徐々に引き上げるものとみている。その際のテールリスクとしては、金融政策の正常化を始めると、市場の思惑次第では国債利回りのボラティリティが急騰する可能性があることだ。そうならないためにも、フォワード・ガイダンス(先行き指針)を通じた市場との対話がこれまで以上に重要になるだろう。

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青木大樹

UBS証券株式会社 ウェルス・マネジメント本部
チーフ・インベストメント・オフィス
日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト


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