トランプ米大統領は1日、新たな対中制裁関税を9月1日から発動すると表明した。通商協議で何らかの合意に達しない限り、まだ25%の関税対象とされていない残る3,000億米ドルの中国製品に10%の関税をかける。

トランプ大統領はツイッターで「今年に入り継続中の協議で約束した一連の事項を、中国は覆した」と不満を示した。トランプ大統領は、中国が米国の対中貿易赤字を減らすため米農産品を購入する約束を実行していないと批判したほか、薬物「フェンタニル」の取り締まりも強化していないと指摘した。

この追加関税により、6月29日の20カ国・地域首脳会議での米中首脳会談で休戦状態となった米中貿易紛争がまた再燃することになる。米国の交渉団が7月30日、31日に中国で閣僚級の貿易協議を行い、帰国した矢先の発表だった。

1日の米株式市場は午前中は値上がりしていたが、トランプ大統領の発表を受けて一気に急落した。S&P500種株価指数の終値は0.9%下落。米国の取引時間中に、ハンセン先物指数は1.1%下げ、Euro Stoxx50先物は1.5%下落した。米債券市場は2年債、10年債利回りがそれぞれ12ベーシスポイント(bp)、11bp下げた。独10年債利回りは-0.45%に低下し、過去最低を更新した。通貨市場では、円が対米ドルで1.3%上昇して1米ドル=107円台を付けた。豪ドルは同0.6%下落した。新興国通貨も全般的に下落し、人民元が対米ドルで0.2%下落、JPモルガン新興国通貨指数は0.6%下げた。一方、金は対米ドルで1.2%上昇して1,444米ドル/オンスとなり、WTI原油価格は7.9%下落し、1バレル54米ドルで取引を終えた。

次に何が起こるか?

トランプ大統領のツイッター上の発言は、今後の交渉の重要さを改めて確認させた。貿易紛争を再び休戦させ、これらの追加関税発動を先送りさせるだけの交渉時間は十分にある。しかしながら、貿易摩擦の再燃は、トランプ大統領が大統領再選への選挙戦中でも、貿易摩擦をさらに激化させる構えがあることを示している。事実、交渉が進展しない状況が続けば、関税率を25%もしくはそれ以上に引き上げる可能性も示唆している。

大半の企業は10%の追加関税が発動されても持ち堪えられるだろうが、今後関税率がさらに引き上げられる可能性は企業の懸念材料だ。さらに、輸入自動車への関税適用のリスクも高まっていると言えよう。トランプ大統領は5月、自動車関税の最終決定を6カ月延長し、交渉のための時間的猶予を与えた。しかし、それ以降で進展があったようにはみられない。

貿易摩擦による不透明感は、企業の設備投資にも影響を及ぼしている。4-6月期(第2四半期)の企業の設備投資はマイナスに落ち込んでいる。今回のツイッター発言は企業の景況感へのさらなる下押し圧力となるだろう。追加関税が企業の採用活動に甚大な影響を与えているかを確認するために、企業の景況感を示すデータに注視する必要がある。企業が採用活動を停止すれば、景気後退リスクが大幅に上昇するだろう。世界の製造業セクターは既に貿易摩擦から下押し圧力を受けている。これらの追加関税はさらに圧力を増幅させる。8月1日発表の7月の米ISM製造業購買担当者景気指数(PMI)は51.2と、2016年8月以来の低水準を記録した。また、同調査結果では、関税は企業活動にマイナスだとの回答が多かった。8月の同指数は景気拡大と悪化の分かれ目となる50を下回る可能性がある(これは必ずしも市場全体の景気後退入りを示唆しているわけではない)。

主要中央銀行による金融緩和へのシフトや、9月1日の追加関税発動までに追加関税が回避されるという期待は、今回の発言による緊張感を和らげるかもしれない。しかしながら、追加関税が発動されれば、新たに3,000億米ドルの中国からの輸入品に10%の関税が課されることになり、米消費者は約300億米ドルの課税負担(米GDPの0.15%に匹敵)を強いられることになると試算される。関税による米経済への累積的影響(二次的、三次的影響および中国からの報復措置による影響を含む)は、さらに拡大する可能性がある。追加課税が発動されれば、今後12カ月でS&P500種構成企業の増益率をさらに1%押し下げる可能性がある。

これまで発動してきた対中制裁関税では、米国通商代表部は特に中国以外の他国や国内で調達可能な品目を関税対象としてきた。これにより、米国消費に対する関税の影響は緩和されてきた。しかし、今回の追加関税の対象品目については、こうした代替性が低い。したがって、関税率は低いものの、従来と同程度の影響を米国消費に及ぼすおそれがある。米国国内や中国以外の他国には中国輸入品に代替できるだけの生産能力がほとんどないからだ。

投資見解

最終的には、米中貿易摩擦は交渉を通じて解決するとみているが、貿易紛争を巡る不確実性がなくなるまで、株価が大幅に上昇することは難しいだろう。経済成長が緩和的な中央銀行の政策に下支えされているなか、金利収入で投資ポートフォリオの収益を押し上げ、上昇しにくい相場環境のなかでもリターンを上げることを可能にする「キャリー取引」に魅力があると考える。

  1. 我々は外貨戦略で、低金利通貨のバスケット(豪ドル、ニュージーランド・ドル、台湾ドル)に対して、高金利の新興国通貨のバスケット(インドネシア・ルピア、インド・ルピー、南アフリカ・ランド)をオーバーウェイトする。我々はこれらの通貨が、世界および新興国の安定的な経済活動だけでなく、有利なキャリー環境からも恩恵を受けると考える。
  2. 欧州投資適格債のクレジットスプレッドは、ECBの緩和スタンスによって下支えされるだろう。金融緩和政策が実施される環境では、このポジションは比較的低リスクで金利収入を期待できる。ECBのハト派スタンスによって投資家が利回り物色に走ると、投資適格債スプレッドはさらに縮小する可能性がある。負債比率は過去10年の中間値に近く、インタレスト・カバレッジ・レシオ(企業の債務支払い能力を測る一つの指標)は健全だ。欧州の投資適格債発行体の負債水準も米国発行体よりも低い。
  3. 我々は、新興国国債に長期的な価値があるとみている。米ドル建て新興国国債は、米国債に対するスプレッドが約330bpで、長期的なリスク調整後リターンの見通しが良好だ。これは低金利の時期において特に魅力的だ。
  4. 我々はまた、魅力的な利回りを提供する可能性のある様々な投資テーマを推奨する。例えば配当重視型戦略は、MSCI EMU指数の予想利回り約3.7%を上回るリターンを生む可能性がある。
  5. 米中貿易交渉の最終妥結までの道のりは平たんではなく、短期の見通しは不透明ではあるが、中国は依然として我々が推奨する新興国市場の1つである。新興国市場の中では、他にもブラジルやマレーシアも推奨している。

House View レポートの紹介



資産運用はUBS証券へ

UBSウェルス・マネジメントでは、富裕層のお客様の資産管理・運用を総合的にサポートしております。日本においては、2億円相当額以上の金融資産をお預け入れくださる方を対象とさせていただいております。

(受付時間:平日9時~17時)