中国レポート:全人代が開幕、既に計画経済の国ではない?

2020年5月22日、新型コロナウイルスの感染拡大により延期されていた中国の第13期全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が、2ヵ月半遅れで開催されました。

中国全人代が開幕、異例の成長目標見送りを決断

5月22日、新型コロナウイルスの感染拡大により延期されていた中国の第13期全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が、2ヵ月半遅れで開催されました。今年は、マスク姿の参加者で会場は埋め尽くされました。頑としてマスク姿を披露しないトランプ大統領に倣ってか、習主席を含め中国指導部だけがマスクなしで登場しました。コロナ禍の中でも会場の座席間隔は例年通りで、会場の人民大会堂に3,000人弱が密集する形で行われました。確かにノーマスクでの登壇は、内外に強い指導者の印象を与えたように見えました。

異例の成長目標見送りを決断

李首相による開幕の所信表明で、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)や貿易を巡る不透明感など、「予測困難な要因」を理由に、過去25年余りで初めてとなる年間の国内総生産(GDP)成長率の目標設定の見送りが発表されました。

中国共産党の結党100周年を迎える来年に向け、指導部は経済規模を10年前の2倍にすることを目指してきました。近年、中国の成長率は徐々に伸び悩んできました。中国の指導者は、現実的に達成が厳しくなった成長目標の破棄で、重荷から解放され、国内の安定と安全の確保に注力していくと見られます。

一方、この判断は向こう数カ月の中国経済に迫る多くのリスクが大きいことの裏返しでもあります。リーマンショック時には世界経済を危機から救った中国でしたが、今回の危機においては、救済の立役者としての意志や体力は十分ではないと思われます。

国内の安定と安全確保を優先、雇用と国防を重視

国内の安定と安全確保のために、経済成長率そのものより雇用が重視され、軍拡姿勢も維持されました。李首相は3月、政府当局者にGDP成長率そのものより雇用を優先するよう呼び掛けて、今大会の施政方針演説でその姿勢を強くしています。演説の中で、ゆとりある社会の全面的な実現に向けて、「六つの安定(雇用・金融・貿易・外資・投資・期待の安定)」の取り組みが挙げられています。六つの先頭に述べられた雇用は、指導部の最優先の政策課題であることが伺えます。また、20年の国防費も6.6%増となっています。

世界的な深刻な景気後退の中、輸出セクターの下振れリスクが大きいことや、多くの大卒新卒者の就職が厳しさを増すことへの配慮から、政府は20年に900万人の新規雇用創出を計画しています。職業技能訓練による雇用安定化の促進や高等職業学校の拡大、重点業種、重点層に対する雇用支援の強化などあらゆる方策を尽くすとしています。

一方、コロナ禍で打撃を受けた雇用の目標では、失業率は6%前後と19年(5.5%)から上昇しています。都市部の新規雇用の目標900万人も2019年の1,100万人から引下げられています。李首相は財政出動を拡大し、雇用対策などを進める方針を示しています。

図1:中国全人代での2020年の主な目標

中国全人代での2020年の主な目標
出所:中国国務院、UBS

積極財政、内需拡大、デジタルインフラ

中国政府は、全体的な景気対策として、積極財政をさらに「積極的」に進める意向です。今年の財政赤字の対GDP比率を3.6%以上に拡大させ、赤字規模を昨年から1兆元(約15兆円)増やします。また「新型コロナウイルス対策の特別国債」1兆元を発行します。これら2兆元はすべて地方財政に回されます。

新型コロナの世界的流行(パンデミック)で外需の不透明感が増す中、14億人の人口を背景にした内需拡大に力を入れる方針も強調されました。地方政府のインフラ債券(専項債)の発行額は、3.75兆元(約57兆円)と前年の2.15兆元より大幅に増やし、公共事業の資本金に充当できる比率も引き上げました。中央予算から6,000億元を拠出し、消費拡大や民生改善、経済の構造調整につながる建設を重点的に支援します。

政策支援の主な分野としては、インフラ投資(特に5G)、情報ネットワーク構築、新エネルギー自動車、刺激的な消費と新しい地域都市化関連建設などへの言及がありました。中国の経済成長戦略の中心は、新基建(新型インフラ整備政策)などデジタルインフラ投資と見られています。李首相は22日に具体的な投資規模は示しませんでしたが、中国銀行研究院によると、2020年の「新インフラ」への投資は約1.2兆元(約18兆円)に上ると試算されています。政府が進める「デジタルトランスフォーメーション(DX)への投資は、中国のデジタル経済を支えるコロナ後の新常態になると、今後の展開が期待されています。
今回の盛り込まれた一連の追加策により2020年の中国の財政刺激策の規模は、すでに公表されている財政支援(GDP比1.4%)に、2019年から繰り越される減税・手数料引き下げでなどを含めると、GDP比で5%弱に達するとUBSは試算しています。これは市場の想定を上回ったものの、2016年の2%の景気刺激策よりは大きく、2009年の10%には及ばない規模です。

図2: 2020年の中国の財政刺激策(UBS試算)

2020年の中国の財政刺激策とGDP比の推定規模(UBS試算)
出所:CEIC、中国国務院、UBS

クレジットは拡大、アジア経済圏は強化へ

金融政策においては、預金準備率と金利の引き下げ、再貸付などの手段を総合的に活用し、広義マネーサプライ(M2)・社会融資規模(企業や個人の資金調達総額)の伸び率が前年度の水準を明らかに上回ることが促されます。UBSは、0.25%の預金金利引き下げを含む預金準備率(RRR)と政策金利引き下げにより、2020年の調整後の社会融資総量の伸びは13.8%(前年実績10.7%)に上昇すると予想しています。流動性の向上により、人民元ハイイールド債などクレジット市場のサポートになると見ています。

市場開放については特段の目玉はなく、一帯一路については「質の高さ」と「共同建設」を強調するにとどまりました。貿易については、中国は、各国との経済貿易協力の強化および互恵ウィンウィンの実現に力を尽くすとし、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の調印や、中日韓FTAなどの自由貿易交渉の推進などアジアでの「経済ブロック化」に繋がる内容が言及されました。

貿易戦争の行方、米中対立が一段と激化

足元、世界最大の経済国である米国との緊迫した関係が急速に悪化しています。米中は、貿易、テクノロジー、新型コロナの発生源を巡って対立しています。米中の貿易戦争について、李首相は、「米中第一段階の貿易合意を共同で徹底させる」と述べた一方で、香港・台湾に対する締め付けを強め、米国に対抗する姿勢を強めています。

李首相は21日に、香港の法制度に新たな国家安全法を導入し反対意見を抑制する計画を明らかにし、22日の所信表明で、香港での国家安全の改善を図る方針を表明しました。全人代で香港に適用する「国家安全法」制定への動きに対し、トランプ米大統領が強硬な措置を取ると表明したことで、米中対立が一段と激化に向かうとの懸念が広がっています。一方、両国とも経済情勢が万全でない中、経済ダメージを招くぎりぎりの線は超えないとの見方も出ています。

図3:強まる対中強硬姿勢

米国の強まる対中強硬姿勢と措置の例
出所:各種報道より

香港での新たな火種、市場はネガティブな反応

国家安全法の導入の動きは、米中の緊張を高める材料と見られています。短期的には、センチメントの悪化や金融市場の不安定化が顕著になる可能性があります。

香港市場では、代表的な株式指数である香港ハンセン指数は22日、5.56%の大幅安となり、下げ幅は2015年7月以降で最大となりました。ハンセン中国企業株指数(H株指数)も4.30%下落し、香港ドル安も目立っています。香港では 24 日に大規模デモが実施され、週明けの香港株式のマイナス材料となりました。

一方で、グローバル株式全体への影響は限定されている模様です。米国がすぐに香港の特別な関税地域としての地位を取り消しに動く可能性は低いと見られ、直接的な経済への影響は限定的であると考えています。

計画経済に戻さず、市場経済における発展

23日の習近平国家主席のコメントに深い気付きがありました。習氏がこの日政治顧問らに発した「計画経済の古い道筋に戻るべきではない」との発言に、市場が経済で「決定的役割」を果たすべきだという政府の姿勢が示されたと報じられました。

大半の投資家が、中国はずっと「計画経済の国」だと決めつけてきましたが、中国の指導者は既に「市場経済の国」と考えているようです。そう考えれば、今回の全人代での成長目標の見送りは納得がいきます。強い政治体制と巨大な国内消費市場を持つ中国は、国家の安全と安定を優先し、資産バブルを助長しない財政政策で、市場を味方にした持続的発展を目指しているように見えます。全人代は28日まで続きます。更なる政策の詳細や中国指導部の動向から目が離せません。