東京オリンピックの開催とその示唆
観客数を制限しての東京オリンピックの開催は、経済への直接的な影響はさほど大きくなさそうだが、政治と市場には重要な示唆があるとみている。
- 東京オリンピックは観客数を制限して開催される。経済への直接的な影響はさほど大きくなさそうだが、政治と市場には重要な示唆があると我々はみている。
- 次の注目点は秋に実施が予想される衆議院議員総選挙と与党・自由民主党の総裁選だ。自民党は過半数の議席を維持し、菅義偉総理は総裁選で再選されるだろう。
- 日本株は経済活動再開の恩恵を受けており、我々は強気の見方を継続する。低インフレが続くことから、10 年国債利回りは2022年末まで0%近辺を維持すると思われる。その結果、リスクオンのセンチメントが世界的に広がる中で、日本円は今後も調達通貨であり続けるだろう。
東京オリンピックは観客数を制限して開催される
東京オリンピックは観客数を制限して開催される
東京オリンピックは7月23日から8月8日、パラリンピックは8月24日から9月5日までの日程で開催される。政府は、各会場における観客数を収容定員の50%以内で、かつ1万人を上限とする決定を下した。主要都市部の第3次緊急事態宣言は6月20日に解除されたが、新型コロナウイルス新規感染者数は、現在も1日当たり平均1,000~1,500人で推移している。一部メディアの報道によると、許容最大限の観客が来場した場合、平均で各会場の定員の約39%が埋まるという。そして東京都庁のデータを基にした我々の計算では、観客数に上限を設定してオリンピックを開催した場合の経済への影響は、1兆2,000億~1兆7,000億円(GDPの0.2~0.3%)となる。政府は必要な会場施設の設営をすでに終えているため、追加的な経済効果の大半は、観客や家計による消費、および臨時スタッフやマーケティング、実際の業務といった運営費になるだろう(図表1を参照)。
観客数を制限してオリンピックを開催する場合の経済への直接的な影響はさほど大きくなさそうだが、政治と市場には重要な示唆があると我々はみている。菅首相は、東京オリンピックを是が非でも成功させ、新型コロナウイルスを世界的な協力で克服した証としてこれを利用したいものと思われる。35~40%まで低下した内閣支持率も回復させることができるかもしれない。しかし、オリンピックが契機となって新型コロナウイルスの感染が再拡大に向かうと、開催が経済のみならず市場にも、そして政治的にも大打撃となりかねない。ここへ来て、東京で新規感染者の増加スピードが加速する兆候が見え始めた。新型コロナウイルスへの懸念から東京オリンピックの開催を支持しない人々がまだ日本人のおよそ半分を占めている。したがって、新規感染者が再び増加すれば、菅首相の支持率は、9月後半から10月初旬までの間に予想されている総選挙前にさらに下がるリスクもあるだろう。
市場への示唆としては、東京オリンピックを無事に乗り切れば、日本経済の正常化が促されるとの希望から、外国人投資家のセンチメントは大いに盛り上がるだろう。政府は1月13日に外国人の入国を全面的に禁止すると発表したが、6月17日には、ワクチン接種証明書(「ワクチンパスポート」)を7月下旬から発行すると発表した。ワクチンパスポートが導入されれば、将来の外国人旅行者の再受け入れにも寄与するだろう。
ワクチン接種率が上昇すれば、2021年7-9月期には経済再開が可能に
ワクチン接種率が上昇すれば、2021年7-9月期には経済再開が可能に
5月以降、新型コロナウイルスのワクチン接種ペースは加速しており、2021年後半における日本経済の正常化に大きな役割を果たすだろう。少なくとも1度接種した人の割合は人口の20%に達しており、週当たりの接種率は現在4%程度になっている(図表2を参照)。現在のペースが続くと、9月末までにはワクチン接種率が50%に到達すると予想する。資金循環統計によると、日本は35兆円(GDPの約6%)の過剰貯蓄を保有している。経済活動が再開すると、これが消費の押し上げ要因になるだろう。緊急事態宣言解除に伴い人流はすでに回復し始めているため、個人消費と企業活動は2021年後半に反発を予想する。
加えて、経済復興を促すため、政府は総選挙前に大規模な補正予算を発表すると我々はみている。6月18日に閣議決定された新たな成長戦略では、(1)グリーン社会の実現、(2)デジタル化の加速、(3)地方経済の再生、(4)補正予算における子育て支援の重視が謳われている(図表3を参照)。今回の景気刺激策は、個人消費の反発に加え、企業にグリーン化とデジタル化に向けた設備投資を促すことになるだろう。補正予算の規模は総額で10~30兆円(GDPの2~5%)になりそうだ。日銀もグリーン化に向けた企業向けの気候変動対応融資をバックアップする新たな資金供給制度を設立する計画を発表している。グリーンオペの骨子は7月の金融政策決定会合で公表され、年内にも開始される見込みである。
総選挙と自民党総裁選がリスク要因となる可能性
総選挙と自民党総裁選がリスク要因となる可能性
4年に1度(または総理大臣が衆議院を解散した時に)実施される衆議院議員総選挙が9月から10月初旬までに実施される予定であり、これとその直後に実施される自民党総裁選挙が主要イベントとなる。菅内閣の支持率は35~40%と低迷しているものの、政党支持率はそれほど低下していないため、自民党は総裁選で過半数議席を確保するだろう。さらに、経済活動が再開すれば菅内閣の支持率も改善に向かう可能性が高い(図表4を参照)。また、上述したように、東京オリンピックの成功も支持率上昇には重要な要素となろう。総選挙の結果、自民党が衆議院で過半数議席を確保すると、菅総理は自民党総裁選でも再選される可能性が高いと我々は考える。
市場への示唆
市場への示唆
我々は日本株式への強気の姿勢を維持する。経済活動が再開すると、2021年後半にはレジャー、娯楽、サービスの各セクターが恩恵を受けるだろう。さらに、政府・日銀共に環境問題に取り組んでおり、蓄電池、再生エネルギー、水素、デジタル化などに投資機会が見出せる。6月21日、日銀は東証株価指数(TOPIX)が2%以上下落した4月以降で初めて上場投資信託(ETF)を購入した。市場が大きく下落した際に購入したことは、外国人投資家にとって安心材料となるだろう。
一方で、経済の正常化にもかかわらず、米国の様な急速なインフレ率の上昇は予想していない。日本企業はコスト上昇を一過性のものと考えており、販売価格に転嫁しないだろう。また、企業はパンデミック下でも雇用を維持してきたため、賃金を引き上げる意欲には乏しい。低インフレ率が続くため、日本国債利回りは2022年末まで0%近辺を維持すると思われる。その結果、世界的にリスクオンのセンチメントが広がる中で、円は今後も調達通貨であり続けるだろう。ドル円レートについては年末に1米ドル=113円、2022年6月末までに115円を予想する。
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