• 菅総理大臣は、2030 年度までに温室効果ガスを2013年度比で46%削減するとの新たな目標を表明した。日本の環境目標達成の鍵は、企業行動の持続可能な変化にあると考える。消費者の環境意識の高まり、政府の気候変動への強力なコミットメント(取り組み)、投資家の持続可能性重視の姿勢を考慮すると、企業行動の持続可能な変化が起きると予想する。
  • 一部のセクターでは組織再編活動が一段と活発化し、研究開発投資が増大すると考える。日本は蓄電池や輸送にかかわる多くの環境技術の特許を有している。政府の優遇税制と民間の資金調達により、こうした分野は一段と発展し、日本の技術革新が大きく前進するものと考える。
  • 長期成長の観点から、日本のグリーンテクノロジー(環境技術。以下「グリーンテック」)セクターに投資機会があるとみている。蓄電池、輸送、再生可能エネルギー、省エネ、デジタル化(デジタル技術を活用したビジネスモデルの変革)、水素は日本の有望な分野と考える。

菅総理大臣は4 月に開催された気候変動サミットで、2030 年度までに温室効果ガスを2013 年度比で46%削減するとの新たな目標を表明した。従来の削減目標である26%からの大幅引き上げであり、2050 年までに二酸化炭素排出を実質ゼロにする政府の長期目標と平仄を合わせたものだ。菅政権は2020年12 月に、発電、産業、家庭など14 分野/セクターに重点を置くグリーン成長戦略を公表していた。

政府はこの将来像の実現に向けて、6 月に発表される予定の新成長戦略の中で、具体的な気候関連政策を提言することが広く予想されている。また、菅政権は、11 月の第26 回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)など今後予定されている国際会議に向けて行動計画を推進すると見込まれる。なお、COP26では、他国政府も二酸化炭素排出削減のための具体的計画を明らかにすると予想されている。

日本の二酸化炭素排出量をセクター別にみると、発電が全体の35%を占めており、発電においては政府が再生可能エネルギー、水素、アンモニアなど新エネルギー源の活用を推進することが重要となる。一方、運輸などの産業が二酸化炭素排出量全体の約60%を占めていることから、日本の気候変動緩和目標達成の鍵は、企業行動の変化にあると考える。消費者の環境意識・価値観の高まり、ならびに政府のグリーン・トランジション(脱炭素化)推進への強力なコミットメントを考慮すると、企業行動の変化は起きると予想する。また、投資家も極めて重要な役割を果たす。

UBS は昨年8 月、1,000 名を対象に、日本におけるESG(環境・社会・コーポレートガバナンス)についての意識調査(Japan ESGConsumer Pulse Check)を実施した。調査結果から、コロナショック以降ESG および国連の持続可能な開発目標(SDGs)に対する関心が高まっていることが明らかとなった。多くの人々、特に20代の若年層は、環境に配慮した製品やサービスの購入に対して通常よりも高い価格を支払うと回答している。全体では、回答者の65%が、環境上持続可能な製品に対して平均7.7%の上乗せ価格を支払うと回答した。また、若年層の回答者のうち70%が12.6%の上乗せ価格を支払うとしている(図表1 を参照)。

日本では長年にわたり低インフレ環境が続いてきたことから、消費者は低価格指向が強い。しかし、日本の消費者は植物由来のたんぱく質など健康志向の高いまたは環境負荷の低い製品に対して高い値段を払うことを厭わないようだ。日本では、ごみの削減に寄与する詰め替え可能容器も人気が高く、幅広い製品やサービスで利用が広がっている。環境に優しいソリューションおよび製品に対する消費者の需要は、企業の経営判断上ますます重要になると考える。

政府の支援も企業行動に影響を及ぼすとみている。政府はグリーン成長戦略の14の重点分野の中で、洋上風力、水素発電、電気自動車・蓄電池、デジタル化などを重要セクターとして強調している。また、企業の行動を促すため、1)約15兆円の民間投資を生むことを目指して2兆円のグリーンイノベーション基金を創設する、2)民間投資促進のため税額控除制度を導入する、3)排出権取引、炭素税、国境炭素調整など市場メカニズムを導入する、4)各国との連携を図ると発表した。具体的政策および追加支援策については、6月に発表されるグリーン成長戦略の改定版の中で明らかになると見込まれる。

また、持続可能性とESGに重点を置くコーポレートガバナンス・コードの改訂が金融庁から提案された。同コードは、上場企業に対し、事業が気候変動に及ぼす影響を分析するよう求めている。多くの企業がすでに持続可能性への取り組みについて報告しているが、改訂コードにより企業は意味のある変化を示すことが必要になるだろう。

投資家の姿勢も企業の行動に影響を及ぼすだろう。機関投資家は企業に対し、ESG問題に取り組むよう積極的に迫っている。最も影響力が大きいのは、日本の年金基金が投資に際してESG基準を取り入れる決定を下したことだろう。我々の調査によると日本の消費者の環境意識が高まっていることから、個人投資家も環境重視の姿勢を強めていると思われる。また、将来日銀は金融政策を通じてESGを後押しする可能性がある。

日本企業は新たな環境にどのように適応するのか?

こうした変化と政府の支援により、日本企業は持続可能性重視の姿勢を強めざるを得なくなると考える。鉄、化学、機械製品のような一部セクターは、他のセクターよりもかなり多くの二酸化炭素を排出している(この3セクターで産業における二酸化炭素排出量の70%を占める)。従って、排出削減に向けた大規模な投資が必要となる。政府はこうした企業が他社と協力する、または不採算事業をスピンオフ(分社・独立)するよう促すために、奨励策を提供すると思われる。そのため、M&A(合併・買収)またはスピンオフなどの組織再編活動が生産性向上のために活用される可能性がある。

新技術は持続可能性の目標達成において重要な役割を担っており、企業は研究開発、デジタル化、ソフトウェアへの投資も増やすとみている。日本はすでに蓄電池や輸送のような多くの環境技術の特許分野を有している(図表2を参照)。政府の優遇税制と民間の資金調達により、こうした分野は一段と発展し、日本の技術革新が大きく前進するものと考える。特許出願における中国の比率は過去数年の間に一気に高まった。日本企業は国際競争力を高めるため、研究開発への投資を加速させる必要がある。

一部の経営者は、カーボン・プライシング(炭素の価格付け)や二酸化炭素税による費用拡大が企業活動に及ぼす潜在的な悪影響を懸念するかもしれない。しかし、カーボン・プライシングや二酸化炭素税が及ぼす負の影響は、事業のグリーン化(低炭素化)によるプラスの影響によって相殺されると考える。環境省は、カーボン・プライシング制度を導入している地域における成長率への影響は限定的であるとの見方を示している。しかし、二酸化炭素排出量を効果的に削減できる国とできない国の間で格差が拡大するリスクはあるだろう。

課題

世界全体の二酸化炭素排出量に占める日本の割合は3.7% (中国29.3%、米国15.6%、欧州連合(EU)10.3%、インド6.7%、ロシア4.7%に次ぐ)であるが、二酸化炭素の排出削減目標の達成は容易ではない。これまでの日本の排出削減ペースは、他の地域、特に欧州に比べると遅い(図表3を参照)。1990年代の日本の削減度合いは、ユーロ圏と並んで改善を見せていた。しかし、削減ペースは2005年頃から鈍化し始め、東日本大震災が発生した2011年以降、原子力発電所への依存度が急低下したことから概ね横ばいとなった。

また、日本は欧州、米国、中国など他国に比べて電気料金が高い。国際エネルギー機関(IEA)のデータによると、日本の産業用電気料金は1メガワット当たり161米ドルと、米国、中国の2倍を超える。これは、主に地震や台風の発生頻度が高く、電源が分散されているためである。また日本のような島国では他国からの送電が難しいことも原因となっている。政府は、太陽光発電と風力発電が電力供給において高い割合を占めるようにするなど、再生可能エネルギーの比率を現在の19%から2050年には50~60%まで高めたい意向だ(図表4を参照)。従って、政府がこれらのエネルギー源の価格を引き下げることが重要となる。

日本がこうした課題に取り組むにあたっては、イノベーションと国際協力が鍵になると我々は考える。政府は民間企業による新技術の開発を促し、日本企業が他国と同条件で競争することができるよう、各国/各地域と環境政策を調和させる必要がある。

まとめ

日本の企業行動の持続可能な変化は投資機会および事業機会を生み出すと考える。多くの投資家が銘柄選別のプロセスにESG基準を組み入れていることから、二酸化炭素排出量の削減にすでに取り組んでいる企業は投資家の関心を集めるだろう。企業もM&Aやスピンオフにより組織の合理化を図ると考える。また、蓄電池、水素技術、デジタル化など海外でも重要な新技術は、世界からの投資や国際協力の対象となり、その恩恵を受けることが期待される。こうした目的に向け、今後日本ではグリーンボンドとグリーンローンの発行が加速するとみている。

市場への示唆としては、今後数年にわたり高成長が期待できるグリーンテックへの投資機会が拡大すると考える。気候変動サミットで見られるような国際協力により、脱炭素化は大きく前進するとみている。蓄電池、輸送、再生可能エネルギー、省エネ、デジタル化、水素は日本の有望な分野であると考える。ただし、テーマによって投資期間は異なる。水素は発展の初期段階にあることから長期の投資対象であり、その他は短中期の投資機会とみている。日本企業には関連分野におけるグローバル・リーダーが多数存在する。そうした企業は、世界の政策当局者の強力なサポートもあって、新たなトレンドを活用することができると考える。

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Daiju Aoki

青木大樹

UBS証券株式会社 ウェルス・マネジメント本部
チーフ・インベストメント・オフィス
日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト


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