• 日銀は政策点検の結果、長期金利(10 年国債利回り)の許容変動幅の拡大、マイナス金利政策に伴う副作用の軽減に向けた新制度の導入、上場投資信託(ETF)および不動産投資信託(J-REIT)の年間の購入目安の撤廃(購入上限は維持)など、いくつかの政策修正を実施した。
  • 市場では今回の政策修正を金融政策の正常化または出口戦略への第一歩と受け止める向きもあるかもしれないが、我々は金融緩和の持続性を高めることが日銀の狙いだと考える。
  • こうした修正が行われるとしても、10 年国債利回りは0.2%を下回って推移し、引き続き円安をサポートするとみている。株式市場では、投資家の見通しが変わり、バリュー(割安)株へのシフトが加速されると考える。

日銀は3 月19 日の金融政策決定会合で、2016 年以来となる金融政策の点検レビューを行い、金融政策の一部修正を行った。結論として、政策修正は予想通りのものであり、変更の大半はこれまですでに報じられてきた内容であった。しかし、それでもなお、市場には一定の重要な意味があると考える。

政策修正の概要

第1 に、日銀は長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)に基づく10 年国債利回りの誘導目標をゼロ%程度に据え置いたが、これまで±0.2%程度としていた許容変動幅を±0.25%程度に拡大し、声明文の中で明記した(従来の許容変動幅は2018年、会合後の記者会見で黒田総裁が説明したもの)。また日銀は、「連続指し値オペ(公開市場操作)制度」を新たに導入し、必要な局面では利回り上昇を強く抑制する方針を強調した。

第2 に、短期政策金利の-0.1%を維持する一方で、民間金融機関の貸し出しを増やすため「貸出促進付利制度」を新たに導入した。具体的には、日銀の貸出支援制度の残高に応じて、金融機関の当座預金に対して上乗せ金利を付けるものである(図表1 参照)。政策金利が引き下げられると、上乗せ金利が引き上げられることから(カテゴリー2 の付利金利は短期政策金利の絶対値)、日銀は短期政策金利を引き下げると貸し出しへのプラスの影響が強まると強調している。貸出促進付利制度は、マイナス金利による副作用を緩和するものと考える。

第3 に、上場投資信託(ETF)および不動産投資信託(J-REIT)の買い入れについて、年間の購入上限(ETF:12 兆円、J-REIT:1,800億円)は継続する一方で、年間の購入目安(ETF:6 兆円、J-REIT:900 億円)は削除した。これにより、日銀は従来と同じ頻度でETF およびJ-REIT を購入することはしないかもしれないが、市場の急落局面では引き続き積極的に買入れを行うことができるものと考える。また、ETF の買い入れ対象は、これまでの東証株価指数(TOPIX)、日経平均株価、JPX 日経400 連動型ETF の組み合せから、TOPIX 連動型のみに変更することも決定した。変更の大半はすでにエコノミストによって予想されていたことから、当日の市場への影響は限定的となった。10年国債の利回りは数ベーシス・ポイントと若干の上昇にとどまり、またドル/円相場は109円から108.80円に若干の円高に振れる程度となった。日経平均株価は1.4%下落し、TOPIXは0.2%上昇した。

市場へのインプリケーション(示唆):金融政策の正常化に向けた第一歩となるのか?

一部の市場参加者は、本日の日銀の決定を金融政策の転換点と見なす可能性があるが、今回の修正は金融政策の正常化または出口戦略への第一歩ではなく、現行の金融緩和の持続性を高めることが日銀の狙いであると我々は考える。長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の運営上、日本国債の購入ペースは重要ではなく、2020年7月、8月のコロナショック時のピーク後、すでに縮小し始めていた(図表2参照)。日本の消費者物価指数(CPI)が今後数年の間に目標の2%に達する可能性は低く、日銀は金融政策の柔軟性を高めること、そして超低金利環境による民間金融機関の収益圧迫を軽減することが必要となっている。

日銀の金融政策の点検では、物価は容易に上昇しないという消費者の認識が一段と強まり、インフレ期待は上向かず、上昇にはかなりの時間を要することが示された。今回の政策修正により日銀は金融緩和政策の持続性を一段と高め、例え長期化しようとも、銀行の収益性を害することなく市場センチメントを支えることができるものと我々は考える。

日本国債利回りと日本円:日銀は10年国債利回りの誘導目標をゼロ%程度に据え置いた。2016年以降、日本10年国債利回りは許容レンジの上限に達することはなく、米国10年国債利回りに対する感応度は0.15程度と極めて低く推移した(図表3参照)。こうした状況を踏まえ、米国10年国債利回りがここから30~50ベーシスポイント(bp)上昇しても、日本10年国債利回りへの影響は4~8bp程度の上昇にとどまるとみている。また、日本のインフレ率は、2021年、2022年を通して前年比1.0%を大きく下回って推移すると予想する。10年国債利回りは、許容変動幅が拡大されたとはいえ、20bpを下回って推移すると考える。よって、日本国債の低金利の継続あるいは日米金利差のさらなる拡大の可能性により、円安がサポートされるとみている。

日本株式:日銀はETFの購入ペースをすでに鈍化させていたことから、ETFの購入目安(下限)の削除が大きな影響を及ぼすことはないと思われる(図表4参照)。また、ETF購入計画は継続され、市場の混乱時などでは買い入れが実施される。よって、日銀のセーフティネット(安全網)としての役割は引き続き維持され、低金利環境はバリュエーションの上昇を後押しすると考える。株式市場に対して大きな影響があるとするならば、過去3~4週間の間に見られたグロース(成長)株からバリュー(割安)株へのシフトの動きであろう。日銀の政策変更は、たとえ微修正であろうと、投資家の見通しに影響を及ぼし、過去12カ月間大きくアンダーパフォームしてきたバリュー株へのシフトが加速するとみている。

金融政策の見通し:日本の消費者物価指数(CPI)は1%にも届かない見通しで(2021年+0.4%、2022年+0.6%)、今後数年はマイナス金利と10年国債利回りの誘導目標ゼロ%程度が維持されると考える。長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の運営上、国債の購入ペースは2020年の52兆円から2021年は約40兆円へとさらに鈍化が見込まれる。初回利上げは早くても2024年と予想する。米国国債の利回りにもよるが、日銀が10年国債利回りの誘導目標をゼロ%程度に維持したうえで、許容変動幅をさらに拡大することもありうると考える。

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Daiju Aoki

青木大樹

UBS証券株式会社 ウェルス・マネジメント本部
チーフ・インベストメント・オフィス
日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト


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