• 安倍内閣の大規模な景気刺激策パッケージにより企業の信用力は改善し、GDP成長率は2020年7-9月期(第3四半期)に急激に回復に向かうとみられる。しかし、こうした大規模な措置をもってしても低インフレからの脱却は難しいと考える。
  • 国内のインフレ状況は企業の貯蓄フローによって説明することができる。大規模な財政支出により家計や企業に資金が移転しても、支出よりも貯蓄に回る可能性が高い。さらに日銀が大胆な金融緩和策を講じても、期待インフレ率に対する影響は限定的だろう。
  • 日銀は金融緩和策を長期にわたり維持するとみられ、利上げは早くても2023年以降になる公算が大きい。2013年時のような円安は予想していないが、長期化する低金利環境はJ-REITのような特定のセクターに恩恵をもたらすと考える。

ソーシャル・ディスタンシング(対人距離の確保)措置の影響で2020年4-6月期(第2四半期)の日本の経済成長率は大幅な悪化が予想されるため、安倍政権は4-6月期に大規模な補正予算と金融緩和に踏み切った。こうした政府と日銀による下支え効果により企業の信用力は改善し、第3四半期の経済成長率は急激に回復に向かうとみられるが、国内総生産(GDP)成長率が危機前の水準に戻るには時間がかかるだろう(図表1参照)。

マクロ経済的な注目点としては、政府および日銀による大胆な景気刺激策で日本が低インフレから抜け出すことができるか、ということになろう。新型コロナウイルスの感染拡大による潜在需要あるいは需要の構造的変化を受けて、一部の財やサービスの価格はいくぶん上昇するかもしれないが、主に以下の3つの理由から、巨額の財政支出や日銀による買い入れがあっても低インフレからの脱却は難しいと考える。

マクロ経済的な注目点としては、政府および日銀による大胆な景気刺激策で日本が低インフレから抜け出すことができるか、ということになろう。新型コロナウイルスの感染拡大による潜在需要あるいは需要の構造的変化を受けて、一部の財やサービスの価格はいくぶん上昇するかもしれないが、主に以下の3つの理由から、巨額の財政支出や日銀による買い入れがあっても低インフレからの脱却は難しいと考える。

  1. 1つ目は、大胆な財政支出により家計や企業に資金が移転しても、支出よりも貯蓄に回る可能性が高いことだ。景気後退期における現金給付は1980年代からしばしば行われているが、最近の政府による世論調査では、こうした現金支給が消費に回る割合である限界消費性向は約30%だった。つまり、政府から流れた現金の70%は貯蓄に回されたということである。そして日本のインフレ状況は、企業の貯蓄フローによって説明することができる(図表3参照)。
  2. 2. 2つ目は、2012年のアベノミクス開始以来、日銀の積極的な国債買い入れが経済にプラスの影響をもたらし、設備投資の拡大と賃金の押し上げにつながってきた。だが、物価目標2%を達成するにはいたらなかった。高齢化社会が進む中で企業の競争力、すなわち収益力が長期的に低下傾向となりやすい為、日銀は国民や企業の期待インフレ率を変えることができなかった(図表4参照)。日銀は急速にマネタリーベースを拡大させているが、貨幣が経済でどの程度回転したかを表す貨幣の信用乗数と流通速度は継続的に低下している(図表5参照)。今回日銀が金融緩和姿勢をさらに強めたことで、企業の信用力は下支えされるだろうが、これが中長期的な期待インフレ率の上昇につながるとは考えにくい。
  3. 新型コロナウイルスの感染拡大は、需要の構造的な変化-デジタル化、健康意識の高まり、ソーシャル・ディスタンスの継続等-をもたらすと考えられる。5月の生鮮食品を除く消費者物価指数(全国、以下「コアCPI」)によれば、電球、ノートPC、皮膚病用薬、家具の価格が上昇しており、一部品目の価格は今後も上昇するだろう(図表6参照)。だが少なくとも日本では、一般的にサービス業は価格の引き上げに踏み切りにくい。またスキルギャップにより製造業と非製造業の間での労働移動はさほど流動的ではなく、非製造業のフィリップス曲線(労働力不足による賃金または価格の弾力性)は製造業よりも硬直的である(図表7-8参照)。

House View レポートの紹介


Daiju Aoki

青木大樹

UBS証券株式会社 ウェルス・マネジメント本部
チーフ・インベストメント・オフィス
日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト


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