• 安倍晋三首相は4月7日に緊急事態宣言を発令した。ほとんどの 措置は要請ベースになるが、対象地域では多くの企業が少なくと も5月6日までの約1カ月間、営業を休業するとみられる。
  • 我々の基本シナリオでは、規制が続く1カ月間で国内総生産 (GDP)は2.2%(約12兆円)の損失となると予想する。悲観シナリ オでは、規制の影響がより広範囲かつ長期に及び、GDPの減少 幅は最大で10.2%(約56兆円)に達すると見込む。
  • 東京では過去に例を見ない規制が続いているが、日本の株式市 場は3月の安値以降落ち着きを取り戻しているようだ。だが状況 は流動的で、当面は値動きの激しい展開が続くだろう。こうした環 境下では、ポートフォリオの分散を図り、急落前に大幅なプレミア ムで取引されていた質の高い銘柄に選別的に投資することを勧 める。

安倍首相は4月7日に緊急事態宣言を発令した。緊急事態宣言を受け、対象地域の知事は次の措置が実施可能となる。

  1. 不要不急の外出の自粛要請
  2. 学校や保育所、福祉施設の使用制限や停止の要請や指示
  3. 音楽やスポーツなどのイベントの開催を控えるよう要請や指示
  4. 臨時の医療施設を設けるため民間の土地や建物の強制使用
  5. 輸送業社に緊急物資の運送要請、指示

留意すべきは、ほとんどの措置が強制ではなく、要請または指示ベースである点だ。日本では、国民の活動を大幅に制限する強制命令に法的根拠はない。政府にできる対応は、感染地域の道路を最長72時間封鎖することや、商業施設やビルなどで集団感染が確認され、まん延を防ぐために緊急の必要があると認められた場合に限り建物を封鎖することである。

当面、安倍首相は、5月6日までの1カ月間規制を継続する予定で、食料品や銀行、薬局など生活に必要なサービスを提供する企業は営業を継続できる。ほとんどの措置は要請ベースだが、対象地域の店舗や企業の多くは少なくともほぼ1カ月休業するとみられる。

今回の緊急事態宣言は、東京都の感染者数急増を受けたものである(図表1参照)。欧米からの帰国者の増加や、3月6日から新型コロナのPCR検査が保険適用となり検査実施数が増加したこともあって、東京都の感染者数が急増する中で、経路不明の感染者が増えている。移動の自由を厳格に制限しなければ、感染者数が劇的に増える「オーバーシュート」の危険性が高まっている。

日本経済への影響

GDPへの影響については、緊急事態宣言にどの程度企業が応じるのか、規制がいつまで続くのかに基づいて3つのシナリオを立てた。基本シナリオでは、東京および周辺の千葉、埼玉、神奈川に加え、大阪、兵庫、福岡(合計すると日本のGDPの約50%に相当)の7都府県に所在する一部サービス業の50%(飲食・宿泊サービスや小売りなど)が 1カ月休業するほか、その他業種でも30%が店舗を休業すると想定す る。またそれ以外の県では20%が休業すると仮定した。その結果、基 本シナリオでは、GDPが12兆円(GDPの2.2%)減少すると試算され る。

悲観シナリオでは、休業する業種がさらに拡大し(30~70%)、期間も3 カ月に延びると仮定する。この場合、経済的損失は約56兆円(GDP比 10.2%)に及ぶと考える(図表3参照)。楽観シナリオでは、休業する業 種は10~30%とし、期間も1カ月と仮定する。この場合の影響は約5兆 5,000億円と試算される(GDP比1%)。

緊急事態宣言と同時に発表される追加の緊急経済対策がどの程度 景気への影響を和らげるかにも市場の注目は集まっている。融資制 度や納税猶予を含めた経済対策の事業規模は総額108兆円に達し、 GDP比19%に相当する。我々はこのうち真水部分(直接の財政支出) は約20兆円(GDPの3.5%程度)と考えている(図表5参照)。安倍政権 は国内需要、雇用、深刻な信用リスクに直面する企業に対する支援を 断固として行う決意を表明している。

我々は、4-6月期(第2四半期)のGDPが、2019年第4半期の-1.8%、 2020年第1四半期の-1.2%に続き-5%程度になると予想しているが、 年後半には追加経済対策により経済活動が回復に向かうとみてい る。

市場への影響

辛抱強く我慢:東京は経済活動が制限されるも、株価には上値余地

我々は、緊急事態宣言の発令に先立ち、企業の業績予想を見直し た。その結果、第2四半期の売上高の伸び率を2009年世界金融危機 時に匹敵する-18%(対前年比)と修正した。しかし、この急激な落ち込 みによるベース効果から、来年は急速に回復すると予想する(図表6 参照)。また、2020年3月期と2021年3月期の純利益の伸びについて は、それぞれ従来の-12%から-23%、+1.9%から-17%に下方修正し た。世界経済に対する我々の楽観シナリオが現実化し、5月初旬から 世界各国で規制が徐々に解除されるならば、2022年3月期の純利益 は62%増になると予想する。

世界有数の大都市である東京で、過去に例を見ない規制が続いてい るにもかかわらず、日本の株式市場は落ち着きを取り戻しているよう に見える。日経平均株価は3月19日に16,552円の安値を付けた後、3 月27日にはそこから17.1%上昇し、19,389円まで回復している。3月 17日付日本株式レポート「日本株が売られ過ぎである3つの理由」で 述べたように、最近の株価下落は、世界金融危機並みの金融メルトダ ウンの可能性を市場が織り込んだためであると考えており、株価資産 倍率(PBR)0.8倍近辺という足元のバリュエーションは長期的に妥当な 水準とはみていない。

とはいえ、今後2・四半期は利益が急落すると予想され、純利益率もい ったんマイナスにまで落ち込み、その後年後半にプラスに戻る公算が 大きい。状況は流動的で、日本株式市場は当面値動きの激しい展開 が予想されることから、投資家にはポートフォリオの分散を図り、今回 の急落前に大幅なプレミアムで取引されていた質の高い銘柄に選別 的に投資することを勧める。

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Daiju Aoki

青木大樹

UBS証券株式会社 ウェルス・マネジメント本部
チーフ・インベストメント・オフィス
日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト


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