• 新型コロナウイルスの感染拡大による輸出や国内需要への影響で、日本の経済成長は深刻な打撃を受けるだろう。政府は大規模な補正予算を編成し、年後半の景気の浮揚を図る方針だ。
  • 東京オリンピックの1年程度の延期により、今年の日本の国内総生産(GDP)成長率は0.2~0.3ポイント押し下げられるが、来年には需要が回復するだろう。また、オリンピックの延期により、安倍首相が今年中に解散総選挙に踏み切る可能性が高まったと考える。
  • 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は近く発表する新たな基本ポートフォリオに基づき、ヘッジ無しの外国債券の比率を引き上げる方針である。他の公的年金や企業年金もこの動きに追随すれば、影響はさらに高まるだろう。

新型コロナの第二波は日本に到来するか?

日本では現時点では新型コロナの感染拡大が辛うじて抑えられてきた(3月24日時点)。だが、都内での1日当たりの新規感染者数は3月24日以降拡大している。これは感染が広がっている欧米からの帰国者が増加したことも一因とみられる。また、3月6日から感染の有無を調べるPCR検査への保険適用が開始され、検査実施件数が増加していることも関係しているだろう。東京都の小池知事は都民に対して、大規模イベントの自粛、週末の不要不急の外出自粛を引き続き要請し、新規感染者数が爆発的に増加する場合にはロックダウン(都市封鎖)の可能性もありうると警鐘を鳴らした。

新型コロナの感染拡大が日本経済に深刻な打撃を与える

欧米や中国の景気減速に国内需要の落ち込みが重なり、日本のGDP成長率は大きく押し下げられるだろう。日本からの輸出の20%が中国向け、19%が米国向け、12%が欧州向けであるうえに、政府による外出自粛要請や消費者の買い控えにより民間消費も著しく落ち込むとみている。3月のサービス業購買担当者景気指数(PMI)は過去最低の32.7に急落した(図表2参照)。1-3月期(第1四半期)から第2四半期にかけて欧米や中国で経済成長率が急低下し、国内消費の落ち込みも予想されることから、日本のGDP成長率も深刻な打撃を受ける可能性が高い。我々は第1四半期のGDP成長率を前期比年率-4.7%、第2四半期を同-18.2%と予想している。だが、年後半には回復に向かうとみている。東京オリンピックの延期も景気に重石となる可能性があるため、日銀と政府は強力な政策を講じて景気を下支えるものと見込まれる。

日銀の金融緩和と財政刺激策は十分か?

我々は、日本の金融および信用リスクを測るにあたって、日銀短観で発表される金融機関の貸出態度DIを企業活動の先行指標として注目している(図表3参照)。金融機関の貸出態度DIは、新型コロナの感染拡大前は横ばいで推移していたが、ある程度悪化している可能性が高い。だが、日銀の潤沢な流動性供給と、政府による企業の資金繰り支援および国内需要の押し上げ策は、貸出態度DIの低下を食い止めるとみられる。

3月16日に前倒しで開かれた緊急金融政策決定会合で、日銀は短期金利の深掘りと10年国債利回りの誘導目標の引き下げを見送ったが、年間の資産買い入れ目標を2倍に引き上げ、上場投資信託(ETF)とREIT(不動産投資信託)の買い入れ上限をそれぞれ12兆円、1,800億円とした。さらに、企業金融支援として、民間企業債務を担保(約8兆円)に、最長1年の資金を金利ゼロ%で供給する新たなオペレーションを導入した。我々は、量的緩和よりもこうした信用緩和策の方が銀行貸出、特に中小企業向け融資に効果的であると考える。

日銀がETFとREITの買い入れ額を倍増したことで、当面市場センチメントは下支えられるだろう(図表4参照)。しかし長期的な視線で見ると、150ベーシスポイント(bp)の利下げと無制限の資産買い入れを打ち出した米連邦準備理事会(FRB)や、第1弾の1,200億ユーロに続き7,500億ユーロの資産買い入れを矢継ぎ早に発表した欧州中央銀行(ECB)の政策対応に比べて見劣りする。とりわけマイナス金利政策には有識者からも批判的な意見が多いことから、日銀がマイナス金利の深掘りに踏み切ることはできず、更なる政策変更の余地は限定的と考える。

財政政策については、安倍政権は4月にも強大な経済対策パッケージを策定する予定である。これには20兆円程度(GDPの約4%)の直接的な財政支出に加え、融資に伴う金融機関の貸し出し分も含まれるとみられ、経済対策の規模は全体でGDPの約9%に当たる50兆円に上るだろう(図表5参照)。直接現金給付、対象業種の救済、中小企業向け融資保証、一部の減税策が対策に盛り込まれるとみられる。安倍内閣は早ければ4月にも国会で関連法案の可決・成立を目指しており、こうした緊急経済対策は新型コロナの感染拡大が収束した年後半の景気を押し上げると考える。

東京オリンピックの延期による影響

日本政府と国際オリンピック委員会(IOC)は今夏の東京オリンピックを1年程度延期することで合意したが、中止にならなかったことで市場には一定の安堵感が広がったと思われる。我々は延期により2020年の日本のGDP成長率は0.2~0.3ポイント低下するものの、2021年には回復に向かうと考えている。

東京オリンピックの延期は、安倍政権の解散総選挙のタイミングという大きな政治日程にも影響するだろう。自民党総裁としての任期は2021年9月末までであり、衆院議員の任期は2021年10月までである。つまり、安倍首相が2021年9月までに解散総選挙を行わなければ、後任の首相は就任直後の10月に総選挙を戦わなければならなくなる。来年のオリンピック開催前に総選挙を行うことは困難なため、今年中に解散総選挙に打って出る確率が高まったと考える。

GPIFの資産構成見直しで、短期的に急激な円高には進みにくい

報道によると、GPIFは3月31日に新しい資産構成割合(基本ポートフォリオ)を発表する。GPIFは2020年度からの5年間に適用される基本ポートフォリオで、ヘッジ無しの外債比率を15%から25%に引き上げる方針だ。我々の推計では、外債は現状の基本ポートフォリオの20~23%を占めており、GPIFの運用資産額170兆円に基づくと、外債の追加購入額は5~10兆円(GDP比1~2%)になる模様だ。他の公的年金基金(運用資産額70兆円)や企業年金基金(運用資産額130兆円)もこの動きに追随すれば、影響はさらに高まるだろう。公的年金基金全体で見ると、外債と外国株を合わせた外国資産の投資額は、2019年12月末に比べて22兆円増加する見通しである。

GPIFの資産構成の見直しが相場に与える影響については、たしかに数兆円規模の資産を外債に振り向ければ短期的には円安に振れるだろうが、長期的な影響は限定的である。GPIFの投資スタイルは逆張りであり、円高になるとヘッジ無しで外債を購入する傾向があるため、急激な円高に振れにくくする効果は期待できる。また、最近の相場変動を受けて、外国株式に対する国内株式の保有比率が低下していると見られ、リバランスニーズも市場センチメントを下支えするかもしれない。

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Daiju Aoki

青木大樹

UBS証券株式会社 ウェルス・マネジメント本部
チーフ・インベストメント・オフィス
日本地域最高投資責任者(CIO) 兼日本経済担当チーフエコノミスト


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