今週の要点

テーパリング議論に言及も、実施はまだ先

世界各国の中央銀行が景気刺激策の縮小に向けた下準備を始めている。サンフランシスコ連銀のデイリー総裁は先週、「テーパリング(量的緩和の縮小)を議論することについて議論している」と述べた。また、ニュージーランド準備銀行は、政策金利であるオフィシャル・キャッシュレートの見通しについて2022年後半からの利上げを予想しており、韓国銀行総裁は、景気の回復に合わせて、今後どこかの時点で、過去最低の政策金利からの「秩序ある」脱却に向かうと述べた。このようにテーパリングについての言及が広がってくると、それを受けてボラティリティ(市場の変動率)が高まる可能性がある。しかし、テーパリングが示唆されてから実際に実施されるまでにはしばらく時間がかかると我々は考える。米連邦準備理事会(FRB)のクオールズ副議長が先週、政策当局者には「忍耐強さ」が必要と発言するなど、FRB高官は景気が回復しても当面は景気刺激策の縮小には着手しない方針を繰り返し強調している。テーパリングの議論を始めるには好調な経済指標が一定程度継続することが前提となるが、今週発表される米国の雇用統計は、不完全就業率がパンデミック前の7%未満に対して10%以上で高止まりすることが予想されるなど、労働市場にはまだかなりの需給の緩み(スラック)が存在していることが示される可能性が高い。また、最近のインフレ率上昇は、エネルギー価格の上昇とベース効果を要因とするもので、一時的な現象に過ぎないとFRB高官は指摘している。

要点:我々は、FRBによるテーパリング開始時期は2022年以降と予想しており、市場もこの見方を概ね織り込み済みと考えている。他の中央銀行も、今年はテーパリングに消極的なハト派姿勢を維持するだろう。そのため、リスク資産は引き続き緩和的な金融政策の恩恵を受けるとみている。

巨大IT銘柄のアウトパフォーマンスは長続きしない見通し

先週の米国市場ではIT銘柄が再び上昇を牽引した。S&P500種株価指数が1.1%上昇したのに対し、大手テクノロジー10銘柄で構成する指数は3.5%の上昇となった。米国10年国債利回りが1.59%へと4ベーシスポイント低下したことで将来のキャッシュフローの現在価値が押し上げられたことが、テクノロジー銘柄の上昇を後押しした。ただし、我々はこのテクノロジー株への回帰が長続きするとはみていない。第1に、短期戦術的な見通しでは、テクノロジー銘柄よりもリフレ・トレードに軍配が上がることだ。ワクチン接種の進展、財政支出、繰延需要を受けた消費の活発化が、金融やエネルギーなどリフレの恩恵を受けるセクターを押し上げるとみられる。第2に、新製品の発売やアップグレードが少なくなる時期に差しかかっている上に、今年後半の業績はベース効果が薄れることで前年比の鈍化が見込まれるなど、今後数四半期は巨大IT銘柄がアウトパフォームする要因が減る見通しだ。第3に、巨大IT銘柄は長年アウトパフォーマンスが続いてきたため、多くのグローバル投資家のポートフォリオで時価総額に占める割合が膨張しており、リバランスの対象となりやすくなっている。巨大IT銘柄は世界の株式時価総額の約18%、S&P500種の約25%と非常に高い割合を占めていることから、ポートフォリオにおいては保有スタンスを中立とすることが妥当であると我々は考える。

要点:金融やエネルギーなどのセクターを中心に、リフレを意識したトレードが今後も続くと考えられる。テクノロジー・セクターの中では、出遅れている中小型株や、変革を促す新興分野に携わる長期的・構造的な勝ち組銘柄に注目したい。

技術的ディスラプション銘柄の長期見通しは依然明るい

米国の巨大IT銘柄のアウトパフォーマンスはひとまず減速が予想されるものの、技術的ディスラプション(創造的破壊)企業の長期見通しは引き続き世界的に強気である。なかでも、欧州と中国では様々な要因が革新的技術の導入を促している。中国では労働力人口(15₋59才)が2011年以降4,500万人近く減少しており、この先も縮小傾向が続くものと予想されている。そのため、労働力不足を補うファクトリーオートメーション(工場の自動化)やロボットの利用が拡大するとみられる。また、新型コロナウイルスの感染拡大は遠隔医療の利用を促した。遠隔医療は今後数年にわたり年率50%近い成長が見込まれ、中国市場の規模は2023年までに米国を上回ると予想する。欧州に目を向けると、「製造業におけるIoT(モノのインターネット)」の普及により、物理的資産のデジタル化で競争力を有する域内の製造大手が世界の勝ち組に名を連ねると予想される。欧州では、EUの復興・強靭化ファシリティ(コロナ禍からの復興を支える6,725億ユーロ規模の財政支出計画)の少なくとも20%をデジタルトランスフォーメーションに充てることが求められており、これが製造業IoTの押し上げ要因になると期待される。

要点:中国では人口の高齢化を背景に、ロボティクスなどのオートメーション需要が活発化し、デジタル化が加速するだろう。欧州にもデジタル化の勝ち組銘柄が散見される。

リフレ・トレードは引き続き順調

5月は株式が上昇し、債券利回りが安定し、ボラティリティ(相場の変動率)が低下した。しかし、株価上昇の陰で、インフレ上昇を受けた米連邦準備理事会(FRB)による量的緩和縮小観測が広がり、月中のボラティリティはかなり高まった。先週はテクノロジー銘柄がある程度反発したものの、5月の株価上昇は「リフレ」銘柄とバリュー銘柄が主導する展開となり、これらのセクターがテクノロジー・セクターとグロース銘柄全般をアウトパフォームした。リフレ・トレードはこの先も続く余地があると考えている。

5月7日に発表された4月の米国の非農業部門雇用者数は前月比26.6万人増と、市場予想の100万人増を大きく下回る結果となったが、その日のグローバル株式と米国株式は過去最高値を更新した。予想を大幅に下回る雇用の伸びは、需要不足によるものではなく好調な経済の下での労働力不足が要因とみなされ、株価上昇につながった。さらに、今回の雇用統計の結果は、「物価の安定」と「雇用の最大化」を責務とするFRBに、金利を据え置き、月額1,200億米ドルのペースで進めている債券購入を継続する根拠を与えるとの見方も広がった。

4月の雇用統計は賃金上昇圧力も示唆した。平均時給は0.7%上昇し、横ばいとするコンセンサス予想を上回った。インフレ懸念は他のデータからも見て取れた。ISMが発表した4月の仕入価格指数は、製造業、非製造業ともに2008年以来の高水準に達した。なかでもインフレ懸念を強める結果となったのは4月の消費者物価指数(CPI)で、コンセンサス予想の3.6%を大きく上回る前年同月比4.2%の上昇となった。前月比でみても食品とエネルギーを除くコアCPIは0.9%上昇と、1982年以来の大きな伸びとなった。シティグループの米国インフレ・サプライズ指数は1998年の創設以来最高の水準を記録した。

こうしたインフレ懸念が引き金となり、株価は最高値圏から反落し、ボラティリティも再び高まり、VIX指数は4月末の19から5月中旬には29に急上昇した。S&P500種株価指数は5月7日に終値ベースでの史上最高値4,232.60を付けた後、月末まで4,000~4,200のレンジ取引に終始した。昨年の大幅な上昇後、市場の上昇余地が限られ、不透明感が広がっていることから、ボラティリティと株価が低下するまで市場参入を待ちたいとする投資家の心理も反映しての不安定な取引となった。

しかし、5月の他のイベントは、株価にはなお上昇余地があり、リフレ環境の恩恵を受けるセクターが牽引するとの我々の見方を裏付けている。

  • 景気回復の拡大を示すデータが増えている。 5月22日週の米国の新規失業保険申請件数は406,000件と4週連続で減少し、2020年3月中旬以降の最低水準を更新した。一方、企業の投資も加速しており、4月のコアの設備投資は2.4%拡大した。第1四半期のGDP確定値は前年同期比6.4%増と2003年以降で最高を記録した。第2四半期のGDPは前期比年率換算で11%に加速すると我々は予想している。
  • 米国の企業業績は予想を大きく上回るペースで拡大している。 S&P500種構成企業の第1四半期の1株当たり利益(EPS)伸び率は45%を超える見通しである。これは事前予想の2倍以上で、2010年第1四半期以降で最高水準となる。我々はS&P500種のEPS予想を2021年は200米ドル(+40%) 、2022年は215米ドル (+8%) に引き上げた。予想を大幅に上回る業績結果にもかかわらず、アナリストの2021年通年コンセンサス予想は6%程度の上方修正にとどまっており、これは低すぎると我々は考えている。
  • 緩和姿勢維持が景気の下支えに。 FRBは、5月のインフレ率の上昇は前年同月に落ち込んだ反動(ベース効果)とパンデミックによる供給網の制約が要因であるとして、一時的な上昇にとどまるとの認識を示した。パウエル議長は、雇用と物価安定の目標達成に向けた進展を遂げるには時間がかかるとの見通しを繰り返し述べている。一方、4月開催分の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨では、数人の参加者が「今後の会合のある時点で資産購入のペースを調整する計画について協議を開始することが適切になるかもしれない」と指摘している。だが、「テーパリングを議論することについて議論」したからといって、直ちに政策が変更されるわけではないとけん制している。

投資家はインフレ懸念で高まったボラティリティの先を見据えている模様である。5月のS&P500種は0.6%上昇、一方MSCIオールカントリー・ワールド指数は1.3%上昇した。米国の10年国債の利回りは4月末の1.63%から1.59%とほぼ横ばい、VIX指数は4月末の19と比較して16.7に低下している。景気敏感セクターとバリューセクターが株価上昇を主導する展開となり、5月は素材が3.6%、エネルギーが5.1%、金融が4.8%上昇したのに対し、情報技術は1.2%、コミュニケーション・サービスは0.3%下落した。

世界の株式は現在、パンデミック前の高値を約20% 上回っているが、企業の大幅な増益に加え、依然として低い債券利回りに比べてバリュエーションが妥当なことから、株式には一段の上昇余地があると考える。セクター別では、引き続きエネルギーと金融を推奨する。バリュエーションとマクロ環境の改善を背景に、2020年初めの大幅なアンダーパフォーマンスから今後さらにキャッチアップが見込まれる。地域別では新興国と日本株が有望とみる。魅力的なバリュエーションと世界景気回復からの恩恵が見込めることから、足元のアンダーパフォーマンスからの反発が期待される。

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