今週の要点

リスク後退を受けて株価上昇に弾み

MSCIオール・カントリー・ワールド指数は先週、ナスダック総合指数やS&P500種株価指数とともに新型コロナウイルス感染拡大前の史上最高値を更新した。中央銀行からの流動性供給が引き続き株価上昇を支えているが、先週は2つの主要リスクに関する明るいニュースも寄与した。1つ目は、米中両国が貿易協定第一段階合意の履行を確実にするうえで、進展を確認したと報じられたことである。テクノロジーをめぐる米中の対立は続いているが、報復関税合戦に戻る可能性は低下している。2つ目として、新型コロナウイルスの治療薬やワクチン開発における進捗が報じられ、経済回復の加速につながると期待されている。米国の規制当局は、新型コロナウイルス感染症から回復した人の血漿を使用する治療法を緊急に許可した。一方、報道によると、トランプ政権は大統領選挙に先立ち、アストラゼネカとオックスフォード大学が開発中のワクチンの米国での使用に関する承認手続きの簡略化を検討しているという。これらを背景に、株式には一段の上昇余地が見込まれる。特に、世界経済が回復するにつれ、グローバル株式の上昇に出遅れていたシクリカル銘柄やバリュー株が今後アウトパフォームすると予想される。

要点:グローバル株式に一段の上昇余地が見込まれ、特に、一部のバリュー株やシクリカル銘柄が次の上昇局面をけん引すると予想する。

FRBのインフレ政策の転換で利回り追求は困難だが、可能性は残されている

米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は先週、金融政策を引き締める前のインフレ率上昇を容認する新たな指針を発表した。物価が2%目標を長く下回った後には、当面2%超のインフレ率を許容する「平均インフレ目標」に切り替える。超緩和政策をより長期間継続させる姿勢が鮮明化し、低金利の長期化を見込む我々の見方が裏付けられた。こうした環境下、現金と最も安全な債券の実質リターンは当面マイナスになる可能性が高い。購買力を維持するには、現金保有を最低限に抑え、利回り追求姿勢を強める必要がある。しかし、ポートフォリオからインカム収益を獲得する手段はまだ残されている。米ドル建て新興国国債のスプレッドは過去3カ月で100ベーシスポイント(bp)縮小したが、4.2%と依然魅力的な水準にある。一方、アジアのハイイールド債は世界の債券の中でも利回りが高く、8月29日時点のスプレッドは662bpだった。株式市場で利回りを探すことも可能である。MSCI EMUの約3%の予想配当利回りは魅力的だが、配当重視の戦略によってさらに高い利回りを獲得することが可能である。幅広いセクターから魅力的かつ安定的な配当を提供する企業に注目する、選別的な戦略を勧める。

要点:利回り追求を目指す選択肢として、米ドル建て新興国国債、アジアのハイイールド債、グリーンボンド、米国及びアジアの投資適格債、ユーロ圏のクロスオーバー債、高配当銘柄、アジアの高金利通貨等が挙げられる。

プライベート市場がポートフォリオに恩恵をもたらす

プライベート・エクイティ企業は新型コロナウイルスの影響を上手く切り抜け、4‐6月期(第2四半期)のパフォーマンス(速報値)は4₋8%(推定値)のトータルリターンを示している。1‐3月期(第1四半期)はラッセル2000小型株指数の下落率が30%だったのに対し、プライベート・エクイティは約8%の下落にとどまった。プライベート市場のリターンは一般的に波乱の年ほど高いことから、この資産クラスへのエクスポージャーを増やす好機が来ていると考えている。ヘルステック、バイオテクノロジー、オンライン教育、フードデリバリーなど、新型コロナウイルスの感染拡大が追い風となっている業界に投資するファンドに特に収益機会が見込まれる。こうしたビジネスへのエクスポージャーを上場企業で実現することは難しい場合がある。現在の状況下では、パンデミックによる混乱を切り抜け、事業回復と危機後の成長に備える上で重要な、企業統合、事業売却、コスト削減、成長戦略再始動などの取り組みを通じて企業価値を創出する、経験豊富な運用マネジャーにも有望な投資機会があるとみている。

要点:プライベート・エクイティをポートフォリオに追加することにより、リターン強化や分散化を図ることが可能である。

深読み

FRBの方針転換がリスク資産を下支え

米連邦準備理事会(FRB)は先週、事前の予想通り、インフレ率目標を「長期的にみて平均で2%の上昇」とする方針に切り替えると発表した。我々は引き続き、中央銀行による流動性供給という「FRBのストーリー」が現在の市場環境を理解する鍵となると見ている。FRBの方針転換は我々の見方を裏付け、資産価格に様々な影響を及ぼすだろう。

インフレ率が目標の2%を下回る期間が続いた後には、FRBは「一定期間にわたりインフレ率が2%を緩やかに上回ること」を目指すとしている。この金融政策の枠組み見直しにより、FRBは当面2%超のインフレ率を許容し、金融引締めを行わない可能性が高い。FRBは雇用についても以前の文言を修正し、雇用の最大レベルからの乖離ではなく「不足」を踏まえて政策決定がなされるとした。これにより、失業率の低下だけでは利上げの理由にならないことが示唆される。

コアインフレ率が2%の目標を大きく下回り景気が失速する中で、超低金利が長期的に続く見通しである。2008年の世界金融危機から10年にわたる景気拡大にもかかわらず、米国のインフレ率はFRBの目標を長年にわたり下回り続けている。景気が回復しても米国債の利回り上昇は緩やかな水準にとどまると予想され、我々は利回り予想を据え置いた。10年国債の利回りについては、2021年6月時点で0.85%を見込む。

先週はインフレ目標の方針転換以外にはほとんどFRBからの発表はなく、市場の関心の中心は、政策の枠組みからFRBがそれを具体的にどのように運用するかに移っている。9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)の会合で詳しい内容が明らかになるとものと見込まれる。2%をどの程度超えるインフレ率を、どの程度の期間FRBが容認するかが問題となる。

FRBは、完全雇用とインフレ率の目標超過に必要とされる期間にわたりゼロ金利政策を維持するガイダンスを提供する可能性が高いと我々は考えている。資産購入プログラムの期間を延長する可能性もある。FRBは政策目標を達成するまでは超緩和的な金融環境を維持し、イールドカーブ全体を低く抑えたい考えであると我々はみている。

この結果、FRBのハト派への路線変更が浮き彫りになったが、それにより資産価格にも次のような影響が及ぶ。

  1. 中央銀行の流動性が株価上昇を下支えする。新型コロナウイルス感染拡大後の3月につけた安値(S&P500種株価指数ベース)から米国株が57%上昇した主因はFRBの政策だった。超低金利下では、一定の企業収益に対して投資家が支払う金額が増えることは妥当なことであり、バリュエーションの上昇も理解できる。次の上昇局面では、一部のシクリカル銘柄やバリュー銘柄など、これまで出遅れていた銘柄がアウトパフォームするだろう。
  2. 利回り追求を強める必要がある。FRBの方針転換で低金利が長期化する中で、現金と最も安全な債券の実質リターンは当面マイナスになる可能性が高い。購買力を維持するには、現金保有を最低限に抑え、利回り追求の姿勢を強める必要がある。しかし、ポートフォリオのインカム収益を獲得する手段はまだ残されている。具体的には、米ドル建て新興国国債とアジアのハイイールド債など、一部の債券セクターを推奨する。アジアの高利回り通貨も有望とみる。
  3. FRBの枠組み見直しで米ドルに更なる下落余地が生まれる。FRBはこれまでマイナス金利を導入したことがなく、景気の好転に伴い2015年から2019年にかけてはむしろ利上げに転じている。この結果、米ドルは安全資産かつ比較的高利回りの通貨という、他通貨にはない役割を担った。しかし、FRBが再度利上げに転じるのは、景気が十分に持ち直してからであり、それまでに相当な時間がかかる見通しである。ユーロ/米ドルについては1.15₋1.20のレンジを予想している。欧州と世界経済の回復が軌道に乗らない限り、このレンジを大幅に上回ることはないだろう。ただし、先週のFRBの決定によって1.20を試す局面は近づいたと見られる。
  4. マイナスの実質金利と米ドル安が金の支援材料。金価格は今年に入って29%上昇しており、年初来のパフォーマンスが最も高い資産の1つとなっている。金は利回りを提供しないことから、実質マイナス金利であっても、現金や債券と異なり金を保有する機会コストはない。超金融緩和政策、米ドル安、米大統領選を控えた政治的不透明感が金を下支えする材料となるだろう。

FRBの金融政策に関する今回の動きは重要な方針転換であり、欧州中央銀行など他の中央銀行に対してもインフレ率上昇を容認する圧力をかける可能性がある。そうなればリスク資産のさらなる下支えになるだろう。

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