何が起きたか?

新型コロナウイルスの感染拡大に警戒心を強める世界の投資家に、原油急落という新たな混乱要因が発生した。これを受けて9日、リスク資産は急落し、安全資産は上昇した。サウジアラビアが公式販売価格(OSP)を引き下げ、大幅な増産を示唆したことを受けて、ブレント原油先物は20%超下落。1日の下げ幅としては1991年1月以来の大きさとなった。石油輸出国機構(OPEC)加盟国の減産拡大の提案に非OPECのロシアが同意せず、6日のOPECプラスの減産協議が決裂したことが背景にある。

株式はアジア市場で急落し(韓国総合株価指数(KOSPI)は-4.0%、香港ハンセン指数は-3.5%、CSI300指数は-3.4%)、続く欧州市場では朝方からの売りでアジア市場を上回る下げとなった。本稿執筆時点で、ユーロ・ストックス600指数は7.4%安と、英国の欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票の実施時以来の下げ幅を記録した。イタリアのFTSE・MIB指数も11%下落した。米国市場ではS&P500種株価指数が取引開始直後に7%下落し、サーキットブレーカーが発動して15分間取引が停止した。

米10年国債利回りは28ベーシスポイント(bp)低下し、0.43%と過去最低水準にまで低下した。マイナス利回りの国債も増え続けている。英5年国債利回りは初めてゼロ%を下回り、フランス、ドイツ、スペイン、ポルトガル、スウェーデン、オランダ、スイス、日本の国債利回りもマイナス圏で推移している。ユーロ圏国債の65%がマイナス利回りとなる中、リスクプレミアムの急拡大により10年国債利回りがプラス圏にあるユーロ圏の国はギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペインだけとなっている。

米ドルへの下押し圧力も高まった。対ユーロでは1.6%下落し、1日の下げ幅としては2018年1月以来の大きさとなった。日本円は対米ドルで3.4%上昇し、米ドルは新型コロナウイルスを巡る懸念が高まった2月20日以降では9%超下落している。スイス・フランの対ユーロの年初来上昇率は2.5%と、2015年7月以来の高水準となった。金価格は2月末から6%上昇し、2013年以降の最高値圏で取引されている。

我々は何に注目しているか?

市場に引き続きマイナスの影響を及ぼしうる要因には以下が挙げられる。

  • 新型コロナウイルス感染拡大深刻化のニュース:欧州と米国では感染者数が増加している。欧州では感染者数が1万人を超え、イタリアでは新たな死者が1日で133人増えた。これは中国で2月の感染拡大ピーク時に記録された死者数と同水準である。イタリア政府は、経済的に重要で約1,600万の人口を抱える北部地域に移動制限を課した(訳注:本レポート執筆後同日9日、移動制限が10日より全土に拡大されると発表されている)。こうした制限は、景気が急激に減速する確率を高める。また経済的に重要な世界の他の地域に同様の制限が課されれば、市場はネガティブに反応するだろう。
  • 原油価格の急落とクレジット市場への影響:原油価格の下落自体は世界経済にとってマイナスではない。しかし今回の調整は、市場が吸収するには厳しい規模だとみられる。エネルギーセクターが米ハイイールド債指数の14%を占めているため、同セクターのデフォルト懸念が広範な資本流出につながり、非エネルギーセクターの企業がクレジット市場にアクセスしにくい状況を引き起こすだろう。社債発行市場は凍結し、企業の資本調達が難しくなっている。だが、来年満期を迎える米ハイイールド債は全体のわずか2.3%である。クレジット・デフォルト・スワップ市場では、iTraxx欧州クロスオーバー指数(欧州高利回り債のCDSで構成)の信用スプレッドが9日月曜日に120bp拡大し、2012年のユーロ債務危機以来の高水準に達した。
  • イールドカーブと資金流動性への影響:市場は米連邦準備理事会(FRB)が年末までにフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標をゼロまで引き下げる(100bp の利下げ)ことを織り込んでいる。またイールドカーブがフラット化していることから、FRB が量的緩和政策(QE)を再開するとの憶測もある。平坦なイールドカーブとゼロまたはゼロ以下の政策金利は、金融セクターにはプラスには働かず、実体経済への信用供与に対する懸念を高める。現在、クレジット市場では新規発行が停止状態にあり、企業の資金調達源は銀行と中央銀行だけとなっている。

以上のような要因を受け市場は大きく変動しており、当面この状況は続く可能性が高い。しかし、今週は、こうした悪材料と並行して新型コロナの感染封じ込め策と政策対応に関する好材料も出ている。我々は、今後の見通しへのプラス材料として主に以下の4 つの動向に注視している。

  • ウイルス感染拡大の封じ込めが成功している証拠
    悲観的なニュースが相次いだ先週末に、中国国内での(湖北省と帰国者を除く)新たな感染者がゼロとなった。中国以外で感染者数が最も多い韓国でも、新たな感染者数の増加ペースが鈍化(2 月下旬には3 日間で倍増していたが、現在は9 日間で倍増にとどまっている)している。特定の措置により比較的短期間でのウイルスの封じ込めが可能であることを示すデータが増えれば、「感染拡大の長期化は避けられる」という安心感を市場と企業活動に与える可能性がある。ウイルスの封じ込めや新たな感染者数の鈍化に成功する国が増えることも、明確な好材料になるだろう。
  • 経済的影響の明確化
    短期的には、消費者の関心はウイルス接触をどう回避するかということだろう。結果として、旅行や娯楽への出費が減るのは短期的な経済損出になる。しかし、不安心理が落ち着き始めると、消費者は最近の原油価格(ひいてはガソリン価格)と住宅ローン金利の大幅な低下(米国の30 年物固定金利は、1年前の4.41%に対して現在3.29%)に反応するだろう。先週金曜日(6 日)に発表された好調な2 月の雇用統計にも現れていたように、今回の集団感染が発生する以前の米国経済は堅調に推移していた。
  • 協調的な政策対応
    最近の事態の推移を受けて、財政刺激策拡大の動きも見えてきた。香港は財政出動を発表し、イタリアのコンテ首相は「大規模なショック療法を講じる」と述べた。財政政策対応はドイツ、米国などでも現在検討されている。金利は既にゼロ・パーセントに近づいているが、金融当局も量的緩和策などの対応は可能だ。今回の危機は、複数の国による金融・財政の協調的政策対応を試す機会となるかもしれない。
  • バリュエーション
    バリュエーションは長期的なパフォーマンスを狙う上での判断基準になり得る。今回は、株価が下落する中で債券利回りも低下しており、株式の相対的な魅力が一段と高まっている。米10 年国債利回りの0.5%に対し、S&P500 種株価指数の過去12 カ月実績ベースでの益利回りは5.4%で、この4.9%という格差は2013 年以来で最大である。欧州株式も同7.1%で、ドイツ10 年国債利回りの-0.87%に対する差は7.9 ポイントと、昨年8 月以来の開きがある。

どう対応するか?

市場の目先の注目は引き続き、欧州と米国の感染拡大状況と、金融市場への影響だろう。アジアではウイルス封じ込め策の効果が見え始めており、消費者の可処分所得も増加する見通しである。財政・金融政策の緩和姿勢は強まり、株式のバリュエーションは魅力を増している。しかし、こうした好材料が市場の価格に反映されるまでには時間を要するだろう。このため当面はボラティリティ(相場の変動)が高い状況が続く見通しであるため、投資家にはポートフォリオを分散化し、プロテクション戦略を検討するという我々の基本的な投資戦略を引き続き勧める。

多くの市場では流動性が低下していることから、ボラティリティの高い局面での投資姿勢としては、「慌てないこと」も非常に重要である。株式、そして特にクレジットのビッド・オファー・スプレッド(買い値と売り値の差)が通常時よりも拡大する可能性が高い点にも留意する必要がある。ポートフォリオを見直す際には、Liquidity. Longevity. Legacy.*戦略のアプローチを勧める。これにより、相場下落局面に投資判断を急ぐことで損失を被るリスクを減らすことができる。

しかし、こうした状況下であっても、ポートフォリオの収益性・分散化を強化しつつ、長期的な視線で投資ポジションを構築できる機会が存在すると考える。3 月6 日付のCIO Reaction「激動のコロナ相場 ‐ 資産クラスの分析」で述べたように、現在の変動の大きい相場において資産を守りつつリターンを追求するために、引き続き以下の戦略を勧める。

  • 新興国株式を先進国株式に対してオーバーウェイトとする。先進国企業に比べて新興国企業は業績予想が良好で、バリュエーションも魅力的である。米ドル安や中国でのウイルス封じ込めが比較的奏功していることも追い風になるだろう。2月19日以降、新興国株式市場のパフォーマンスは先進国市場を3.3%上回っている。このトレンドは今後も続くと予想する。
  • 株式ボラティリティの高まりを利用した戦略。株価のインプライド・ボラティリティ(予想変動率)を示す米国のVIX指数は足元で58、欧州市場のV2Xは59と高まっている。こうしたボラティリティの上昇を活かした利回りを高める戦略を検討することができる。潤沢な手元資金を保有する投資家は、相場の急落に惑わされることなく自身の投資方針を変えずに、「押し目買い」を効果的に行うことも可能である。
  • ポートフォリオの利回りを向上させる戦略。低利回り・低金利の環境下、配当銘柄やハイイールド債を推奨する。ハイイールド債は目先、スプレッドがさらに拡大する余地はあるが、この先6カ月ではスプレッドはかなり縮小すると予想する。一方、グリーンボンドは景気循環の影響が少なく原油関連リスクも非常に少ないため、投資適格債の代替投資先になる。また、一部の投資家にとって、低金利環境下で借り入れを利用することは、長期的な資産構築計画を維持するうえで有益な手段にもなる。
  • 中期的な米ドル安の進行に備える。FRBの方が欧州中央銀行(ECB)よりも追加利下げを実施した際の金利引き下げ幅は大きくなると見込まれるため、米国長期国債の利回りの優位性は縮小する見通しだ。2月19日以降、米ドルのユーロに対する下落率は5.4%、スイス・フランに対しては5.9%下げており、足元のユーロ/米ドルのレートは1.14である。年内はさらに米ドル安が進行するとみてお、ユーロ/米ドルの12月末のレートは1.19と予想している。
  • コロナリスクを回避し、ポートフォリオを守る投資手段を検討。金や米長期国債 (高格付債に対して米物価連動債(TIPS)のオーバーウェイトを推奨)などへの投資でリスクを回避する。2月19日以降、金価格は 3.7%、米物価連動債は 2%上昇。米長期国債の価格は14.7%急騰している。
  • 下落局面を利用して長期テーマに投資する。足元の市場のボラティリティは長期投資テーマに資金を配分する好機ともなり得る。現在の危機が収束した後であっても、ポートフォリオの長期的な収益成長を求める投資家にとっては、世界的な人口高齢化やヘルステック、遺伝子治療の飛躍的進歩などが長期投資の機会を提供する。さらに、この危機を契機にオンラインビジネスやサプライチェーンの現地化などが加速し、第4次産業革命やデジタル・トランスフォーメンションに関連した企業が恩恵を受けるだろう。

Mark Haefele

Global Chief Investment Officer Wealth Management

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