米連邦準備理事会(FRB)は3日、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大に伴う景気下振れリスクに対応するため、全会一致で緊急利下げに踏み切った。利下げ幅は50ベーシスポイント(bp)で、政策金利を年1.5~1.75%から1.0~1.25%へ引き下げた。臨時の会合を開いて利下げするのはブラックマンデー、9.11同時多発テロ、米ヘッジファンドLTCM破綻時、ITバブル崩壊、そして世界的金融危機以来である。

緊急利下げを受けて株価は下落し、本稿執筆時点でS&P500種株価指数は2.2%下げた。金利引き下げは基本的には株価にプラス材料となるはずだが、投資家は、この利下げが今後数カ月の景気動向についてどのようなシグナルを発しているのかを懸念しているようだ。FRBは産業界からすでに経済活動の混乱を示すデータを得ている可能性がある。パウエルFRB議長は記者会見で、ウイルス感染拡大は経済活動を「当面」圧迫するとの認識を示した。FRBによる利下げは、金融・財政措置を見込んで前日の2日月曜日に株価が4.6%反発した後の動きである。一方、米10年国債の利回りは16bp低下して1.0%となった。米ドルも下落し、ユーロ/米ドルは0.4%高の1.117をつけた。金も3.8%上昇して1オンス当たり1,649米ドルとなった。

新型コロナウイルスの感染が確認された国と地域は77に広がり、現時点での累積感染者数は9万2,000人を超えている状況からも、ウイルスの更なる拡散は避けられない。株式市場のボラティリティ(相場の変動)は高い状況が続く見通しで、感染封じ込め策による経済へのダメージは避けられないだろう。世界経済の成長率は1-3月期(第1四半期)にゼロ%に近づくと我々は予想しており、その後年内には反発に向かうとみている。

主要7カ国(G7)財務・金融相は3日、「強固で持続可能な経済成長を実現し、下振れリスクから守るため、あらゆる適切な政策ツールを用いる」とする共同声明を発表した。米国の緊急利下げは、先陣を切った日銀とオーストラリア準備銀行(RBA)の対応に続き、G7声明後としては直近に発表された中央銀行による政策対応だ。FRBの利下げにより今後、イングランド銀行、欧州中央銀行(ECB)、スイス国立銀行など他の主要中銀も対応を迫られるだろう。一方、中国ではすでに対GDP比で1.2%に相当する法人税減税や緊急財政出動が発表されているが、今年通年では対GDP比で2%を超える財政支援が実施されるものと予想する。

我々は相場変動が暫く続くとみている。新型コロナウイルスが実際どの程度の脅威をもたらすのか定かではない。よって、現時点における世界各国の政策対応が、短期的に投資家センチメントを回復させるのに十分であるかを判断することはできない。こうした不透明な状況において、投資家には各自の長期資産目標に沿ったポートフォリオを維持し、分散投資を心掛けて頂きたい。ポートフォリオに対するプロテクションの検討も勧める。また、我々のLiquidity. Longevity. Legacy.*戦略のアプローチによって、相場下落局面に投資判断を急ぐことで損失を被るリスクを減らし、投資機会を捉えることもできる。

相場急落と政策当局の迅速な対応措置を受け、我々は高格付債に対する米ハイイールド債と米物価連動国債(TIPS)のオーバーウェイトを新たなリスクポジションとして戦術的資産配分(TAA)に追加した。また、米国株式へのエクスポージャーを間接的に増やすことも検討できよう。

分散投資によるポートフォリオの向上を図るために、以下の投資戦略を推奨する。

1.新興国株式をオーバーウェイトとする

中国での感染拡大封じ込め策が効果を示しつつある一方で、先進国ではウイルス感染拡大をめぐる不確実性が増した結果、新興国株式のパフォーマンスはここ数日、先進国株式を上回り始め、今後もこのトレンドが続くと見込まれる。中国の一部主要都市の平日の交通量と石炭消費は、昨年の水準の70%近くにまで回復した。新興国市場と先進国市場の経済成長率の差は今年、さらに拡大すると予想される。さらに、新興国株式のバリュエーションは先進国株式よりも割安だ。

2. 低金利が長期化する中で利回りの改善を図る

各国の中央銀行が予防的な行動を取っているため、利回りが数年ぶり、あるいは過去最低水準をつける展開となっている。現段階で魅力的と考える利回り追求戦略は次の通り。

  • 米国ハイイールド債
    米国ハイイールド債のスプレッド(利回り格差)は、1月中旬の338ベーシスポイント(bp)から現在の479bpへと大幅に拡大した。市場は現在、年間のデフォルト(債務不履行)率を5~6%とみているが、我々は、新型コロナウイルスの経済的な影響は今年前半には収束すると想定し、2020年のデフォルト率を3.5%と予想している。よって、今週初めに、米国ハイイールド債の戦術的なオーバーウェイト・ポジションを加えた。
  • 米国株式への間接的エクスポージャー
    S&P500種株価指数への間接的なエクスポージャーにより、低コストで相場上昇機会を捉える。相場上昇で利益が出やすく、下落しても損失が抑えられるポジションを構築する。我々の基本シナリオでは、株式市場は現在の調整が終わると回復に向かい、上昇率は5%を超えると予想している。リスクシナリオでは、市場の下落率が10%を超えるケースもあり得ると想定しているが、その場合、バリュエーションは割安水準になる。また、さらなる下落リスクに備える場合は、ある程度元本を守りつつ、利回りを高める方法も検討できる。
  • 高配当のクオリティ銘柄
    配当利回りと債券利回りの格差が年初来で大幅に拡大した。米国では米10年国債利回りが1.0%に対してS&P500種企業の配当利回りは1.8%へ、スイスでは10年国債利回りが –0.86%に対して、スイス株式の配当利回りは2.9%となっている。収益性が高く、負債比率が低く、利益が安定した、高配当の高クオリティ銘柄を推奨する。
  • 借り入れ
    FRBによる利下げを受けて諸外国でも金融緩和が進む可能性が高く、低金利の期間が長引くとの我々の見方を裏付けている。利回りを追求している投資家には投資判断が難しいが、計算上は、借り入れ戦略が有利な場合がある。一部の投資家にとって、借り入れを利用することは、長期的な資産構築計画を維持するうえで有益な手段だ。高いリターンが期待できる資産を売らずに流動性を確保した上で、分散投資を進め、ポートフォリオのリターンを押し上げることが可能になるからだ。

3. さらなる米ドル安に備える

FRBによる利下げの結果、米ドルの利回り優位性がさらに低下して、米ドルに投資するキャリー取引の魅力が薄れた。対ユーロで米ドルは年初来の上昇分を失った。予防的な利下げにより、世界経済が新型コロナウイルスによる混乱から回復に向かえば、米国よりもユーロ圏のような輸出依存度の高い地域は恩恵を受けるだろう。それでも米ドルは依然として割高水準にある。しかも、米ドルは米大統領選挙のリスクをまだ十分に織り込んでいないと考える。したがって、①欧州とスイスの投資家は、米ドル資産を単に購入する以外の方法での利回り改善や、米ドル建て債のユーロ建て債への乗り換えを検討すること、②米国の投資家はグローバルへの分散投資を検討することを勧める。

米ドル安は、英ポンド/米ドルに対する我々の強気の見方を後押しする。イングランド銀行もFRBに追随して利下げをする可能性があるが、英国政府による財政支援策が予想されることから、金融政策の規模は限定的だろう。 しかしながら、英ポンドは割安水準であることから、戦術的投資期間(6カ月)では、特に対米ドルで上昇する可能性があると考える。長期的には、為替ヘッジなしでの英国資産の保有を推奨する。

4.  新型コロナウイルスに対するポートフォリオのプロテクション

金価格はFRBによる利下げ直後に3.8%上昇し、コロナウイルス感染拡大リスクのヘッジ効果が期待されていることが改めて確認された。金価格を支えているのは先行きの不透明感だ。米実質金利は低下し、金保有の機会コストは減っている。金の価格単位は米ドルのため、米ドル安は金価格を押し上げる。

我々はさらに、高格付債に対する米物価連動国債(TIPS)のオーバーウェイトを開始する。国債は今年、ポートフォリオのヘッジとして機能していることから、高格付債よりTIPSの方が現時点では価値があると判断したからだ。現在の期待インフレ率の低下は、期待インフレ率というファンダメンタルズ(基礎的諸条件)の変化というよりも、ボラティリティおよび流動性の高い米国債への需要の高まりによるものと我々は考える。金利低下に伴う住宅ローンの借り換えも、銀行や運用会社が金利収入の減少を補うために米国債を購入する動機となるかもしれない。FRBによる利下げが長期の期待インフレ率のサポートとなるだろう。

ウイルス感染拡大および今後のリスクシナリオに備えてポートフォリオを見直す際には、Liquidity. Longevity. Legacy.*戦略のアプローチを勧める。これにより、各自の資産構築目標に沿ったポートフォリオを維持し、相場下落局面に投資判断を急ぐことで損失を被るリスクを減らすことができる。

Mark Haefele
Global Chief Investment Officer Wealth Management

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