何が起きたか?

米国原油先物の初のマイナス価格に投資家が反応し、リスク資産にも影響が及んだ。21日(火)のS&P500種株価指数は3%下落し、ユーロ・ストックス50指数も4%値を下げた。4月21日に期限を迎えたWTI原油5月物は、一時マイナス40米ドル/バレル近くまで急落した後、10米ドル/バレルで21日の取引を終えた。貯蔵能力が限界に達する中、買い持ち高を抱えた売り手が対価を支払って買い手に原油を引き取ってもらう事態となった。6月物も大きく値下がりし、終値は約13米ドル/バレルとなった。原油価格の激しい値動きは、世界の金融市場で利益確定の売りを招き、ナスダック総合株価指数は3%超下落した。21日の取引では米国のハイテク・セクターが最も値を下げた。ハイテク・セクターの弱さは、20日に20年1-3月期決算を発表したIBMが、資金を温存したい顧客の動きが3月の売上に大きく響いたと指摘したことが、セクター全体にとってネガティブ・サインだと一部で受け止められたことも影響している。株価のインプライド・ボラティリティ(予想変動率)を示す米国のVIX指数は、先週末時点の38から45に上昇した。また米10年国債利回りは、3月以降で最低の水準にまで低下した。一方、取引終了後に起きたプラス材料として、米上院が4,840億米ドル規模の追加の経済対策法案を可決した。中小企業への追加支援、医療体制の整備、ウイルス検査拡充等に投じる。

我々は、原油市場の極端な歪みによって、株式、債券、外国為替相場の変動率が高まる可能性が高いと考える。米国ではエネルギー関連企業が発行する米国ハイイールド債や米国投資適格債が多く、石油セクターの一段の悪化は関連産業に波及的に影響しかねない。さらに、JPモルガンの新興国国債指数(EMBIG)を構成する一部の国にとって、原油は主要輸出品である。しかし、最近の米原油市場の極端な価格下落は、年後半には解消されると我々はみている。よって、原油市場の変動が債券の中期的な見通しに影を落とすことはないと考え、米国ハイイールド債、米国投資適格債、米ドル建て新興国国債を魅力的とみる。

原油価格は今後どうなるか?

我々は、米国と世界の原油価格が今後数週間は下押し圧力を受け続けると予想する。石油輸出国機構(OPEC)と非加盟主要産油国から成る「OPECプラス」は、世界の供給全体の約1割に相当する規模の協調減産に合意したが、減産が開始されるのは5月からであり、新型コロナによる経済活動制限に伴う約20%の需要急減の影響を相殺するには、減産規模が小さすぎるとみられる。また、原油は産油国から消費国までタンカーでゆっくり運ばれるため、OPECプラスによる減産の効果が市場に行き渡るのは6月以降になりそうだ。このため4-6月期は大幅な供給過剰が続く見通しだが、7-9月期には需給が均衡に向かい初め、10-12月期には供給不足になると予想する。こうした原油価格の回復は、我々の基本シナリオ通りに移動制限が5月半ばから解除され始め、原油需要が年後半に上向くことを前提としている。また北米と南米で生産が停止することで、年末にかけて世界の原油供給は減少する可能性が高い。これらを踏まえ、我々は、北海ブレント原油価格が現在の約20米ドル/バレルから、年末には43米ドル/バレルまで上昇すると予想する。

今回の事態は、投資家全般にどのような意味があるのか?

クレジット市場と株式市場は原油価格への悲観的な見通しを、今週の急落の前からすでに織り込み始めていた。したがって、クレジット市場と株式市場への影響はさほど大きくないだろうと我々はみている。

社債:エネルギー関連企業は米国ハイイールド債の発行額の約15%、米国投資適格社債発行額の約10%をそれぞれ占めている。したがって原油価格の低迷は債務不履行(デフォルト)のリスクを高める。とはいえ、米国ハイイールド債を発行するエネルギー関連企業のスプレッド(米国債との利回り格差)は約1,600ベーシスポイント(bp)、同セクターの平均債券価格は60米ドル(額面100米ドル)で、デフォルト率はおよそ40~50%と示唆される。エネルギーを除く米国ハイイールド債のスプレッドは664bpと、新型コロナに起因するリスクを十分に織り込んでおり、株式よりもリスク調整後の期待リターンは高いと考える。米国エネルギーの投資適格債発行体は、時価総額が大きく財務体質が堅固な企業が多いため、現時点で我々はこのセクターのデフォルト率が著しく高まるとはみていない。よって、米国ハイイールド債と米国投資適格債が有望であるとの見方を継続する。

米ドル建て新興国国債:

新興国国債(EMBIG)発行額の約3分の1をエネルギー輸出依存度の高い国が占めている。しかし、シェアは比較的高いものの、これまで原油価格が新興国国債のリターンの牽引役となることは少なかった。エネルギーの主要輸出国は財政基盤が堅固で、資金調達も容易にできる。たとえば、湾岸協力会議(GCC)の加盟国は、ここ数週間で240億米ドル調達した。特に湾岸諸国とロシアは、足元のエネルギー価格の急落にも耐えられるとみている。一方、イラク、ナイジェリア、アンゴラといった財政基盤の脆弱な輸出国の国債は、指数に占める比率が小さく、今週の原油価格急落の前にすでにディストレスト水準で取引されていた。

したがって、米ドル建て新興国国債は、エネルギー輸出国のリスク上昇を織り込み済みであるため、原油価格の大幅下落にもかかわらず、今後も好パフォーマンスが期待できるとみる。エネルギー依存度の高い国のスプレッドは、過去3カ月で平均370bp拡大した。これに対し、EMBIG全体のスプレッドの拡大幅は330bpだった。足元で600bpを超えるEMBIG全体のスプレッドは、新型コロナをめぐる我々の悲観シナリオに近く、魅力的な水準にみえる。2000年以降、EMBIGのスプレッドが500bpを超えたのは52カ月あるが、その後の12カ月のトータルリターンはすべての事例でプラスを示し、リターンの中央値は13%となっている。

株式:

ここ数年間の原油価格の下落を反映して、主要株価指数におけるエネルギー・セクターの比率は低下している。たとえば、S&P500種株価指数とMSCI新興国株価指数に占めるエネルギー株の比率は、10年前には10%と14%だったが、現在はわずか2.7%と5.8%になっている。したがって、原油価格の下落が株式市場に及ぼす影響は比較的小さいと言えるだろう。エネルギー関連株のバリュエーションも、悲観的な見通しに沿って動いている。たとえばS&P500種のエネルギー・セクターは、株価純資産倍率で見た場合、指数全体よりも70%割安な水準にある。さらに、原油価格低下が株式に及ぼす全体的な影響は限られている。原油安は、資本財や化学など、エネルギー開発関連への依存度が高いセクターや、英国(13%)やカナダ(約18%)など、エネルギー・セクターの比率が高い国には悪影響を及ぼすだろうが、エネルギー消費量が(生産量よりも)高いセクター・国にとっては支払い額が減り、追い風となる。したがって、原油価格が株式市場全般に及ぼす影響は比較的小さく、新型コロナの感染抑制の効果の方が上回る可能性が高い。

エネルギー・セクター内では、銘柄の選別が重要である。我々は、財務状況が堅固で、平均以上のリターンとキャッシュフローを生み出せる企業に注目する。地域別では、アジアがエネルギー価格の下落の恩恵を受けるとみる。しかし、当面は、消費関連企業の保有比率を上げることでリターンが狙えると考える。

4-6月期の世界の原油価格は引き続き下押し圧力を受けると予想するが、7-9月期には原油市場の需給が均衡に向かうとみている。今後、減産や設備投資の縮小に加え、渡航・移動規制も徐々に解除されるに伴い、年後半には原油価格は回復に向かうと我々は予想する。今後数カ月は原油価格の変動がクレジットや株式のボラティリティ(相場変動率)に影響を及ぼしうるが、大きな変動要因にはならないと予想する。

投資家は株式相場のボラティリティが高い状況を活用し、相場上昇時に利益が出やすく、下落しても損出が抑えられるポジションを構築する戦術を検討することができる。また、株式市場は、パンデミック(世界的な流行拡大)の状況については我々の基本シナリオと楽観シナリオの中間の結果をすでに織り込んでいるため、銘柄を厳選して投資することを勧める。経済活動の早期正常化に向けた進展が確認できるまでは、一部の景気循環株、ディフェンシブ銘柄、そして長期投資の勝ち組への投資が有効と考える。全体としては株式よりもクレジット、特に、米国ハイイールド債、米国投資適格債、および米ドル建て新興国国債に魅力的な機会があると考える。

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