米中貿易協議の想定シナリオ

米中両国が貿易紛争の緩和に向けて何らかの合意に達するのではないかとの期待感が高まる中、中国側で交渉の責任者を務める劉鶴副首相が、10月10日にワシントンに到着し米中通商協議に臨む。週末の報道を見ると、今回の協議で話し合われるテーマは限られているが、交渉で劉氏は融和的な姿勢をみせると見られている。中国政府が米国産大豆の購入再開を決定したことも、2国間の関係を改善させた。

今回の協議の成果を予測することは難しいため、我々はいくつかの可能性を検討している。「殆ど進展しない」という基本シナリオを基に、景気指標の最近の悪化も踏まえ、株式の戦術的なアンダーウェイトを維持し、キャリー(金利獲得)戦略を推奨しつつ交渉の結果を待つ。とはいえ、事態の推移は注意深く見守っていく。可能性は低いものの、追加関税の撤回や知的財産、技術共有(技術の強制移転)、競争政策に関する合意事項を含む包括的な妥結に達する可能性もある。

今回の協議で想定される結果

2020年11月の米大統領選挙までを見据えた米中貿易関係の長期見通しについて、我々は最新のグローバル・リスク・レーダー(10月2日付)にまとめた。基本シナリオ(確率50%)では、今回の貿易交渉は殆ど進展しないことを想定している。貿易紛争がさらに激化することはないが、知的財産や補助金などの問題は解決しないということだ。悲観シナリオ(確率35%)では、状況が悪化して米国が景気後退に陥り、楽観シナリオ(確率15%)では、包括的な合意に達すると想定している。

今回の交渉から、米中が以上のシナリオのどれに向かうのかがかなり見えてくるだろう。我々は5つの可能性を考えている。

  1. 交渉決裂:この場合は、すでに予定されている措置に加え、さらなる報復合戦の可能性が高まる。米国は中国製品への平均関税率をさらに引き上げ、中国のハイテク企業への規制を厳しくするか、米国の投資家による中国投資に制約を加える措置を発表する可能性がある。我々はこのシナリオの可能性は低いとみている。もしそうなると、2020年の大統領選挙を前に米国が景気後退に陥るリスクが高まり、トランプ大統領の再選のチャンスが下がるからだ。しかし交渉決裂の可能性は残っており、その場合、相場は下落するだろう。
  2. 交渉継続:米中は合意に達しないものの、協議の継続を発表する。この場合、12月15日に発動予定の、およそ1,500億米ドルの中国製品に対する15%の追加関税など、現在予定されている追加関税がすべて実施されるだろう。経済成長には悪影響が及ぶだろうが、次回の交渉日程が発表されれば市場は安心するかもしれない。
  3. 再び休戦入り:中国は米国の農産品の購入を拡大し、特定の米国産業の市場アクセスを一部認める。その見返りとして、米国は現在予定されている関税引き上げを延期して、さらなる協議の進展を待つ。この結果は、敵対関係の後退を示唆するため、短期的には市場に好影響を及ぼしそうだ。しかし、現在の貿易関係をめぐる不透明感が残ることで、設備投資は引き続き低迷し、世界の経済成長にとっての逆風が止むことはない。交渉継続と休戦の再開は、いずれも「リスク・レーダー」での基本シナリオに該当する。
  4. 暫定的な合意:12月の関税率引き上げが無期限で延期され、米国は中国のIT企業ファーウェイに対する輸出規制措置の撤回に同意する。これは前向きな決着への期待を抱かせる成果で、「リスク・レーダー」の楽観シナリオに向かうかもしれない。相場も押し上げられる可能性が高い。
  5. 包括的な合意:米国が、執行メカニズム(中国が約束を履行しない場合、米国による関税引き上げ等の罰則を科す)に中国が同意することの見返りとして、すでに課している追加関税の取りやめに同意する。我々はこのシナリオの可能性をわずか15%とみている。これまでは、株式相場や経済成長率が下がると、米中は貿易紛争において、融和的な態度を強めるケースが多かった。さらに、2016年の大統領選挙でトランプ大統領の中核となる支持層、とりわけ農業従事者が、貿易摩擦の行方にしびれを切らしつつある。したがって、トランプ大統領がさらに大きな譲歩に踏み切る可能性もある。そうなれば、株式相場の上昇に拍車がかかるだろう。今後数カ月では、米連邦準備理事会(FRB)による最近の利下げの経済へのプラスの影響も拡大するだろう。不透明感が後退すれば、借り入れコストの低下を利用して設備投資に資金を投じる企業も増えると見込まれるからだ。これは、我々の「リスク・レーダー」の楽観シナリオに該当する。

投資見解

貿易紛争の最終的な行方を予想することは難しい。交渉担当者自身でさえ、最終決着が見えていない可能性がある。このような不透明な状況を背景に、我々は株式市場に慎重姿勢を取ってきた。景気指標も悪化している。米ISM製造業景況感指数は、2009年以降の最低を記録し、雇用の伸びが鈍化する兆候も見え始めた。世界的な製造業活動縮小の動きが経済の他の分野に広がり始めていることを確認し、投資家は次第に警戒するようになった。先週発表された米ISM非製造業景況感指数は、3年ぶりの低水準に落ち込んだ。とはいえ、もし貿易交渉で合意が実現すれば、週末まで相場が上昇しても不思議ではない。事前にこの可能性に備えておくことも可能だ。

米中の貿易協議後の米国株式の相対的な魅力とそれに応じた投資判断は、貿易交渉の結果、経済環境、景気減速を食い止めたい各国の政策対応、さらには、年初来大半を2,700~3,000ポイントのレンジで推移してきたS&P500種株価指数の水準次第で決まるだろう。

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