貿易摩擦悪化でポートフォリオ内のリスクを引き下げる

米中貿易摩擦の一段の悪化を受けて、世界経済と市場へのリスクが高まっている。週末にフランスで開かれたG7首脳会議の合間に、トランプ米大統領は、中国との対立は「いろいろな意味で…緊急事態だ」と語った。先週、中国と米国は互いの製品への関税措置を強化する方針を発表した。23日の取引終了後にトランプ大統領は、すでに関税対象となっている2,500億米ドル相当の中国製品への関税率を10月1日に25%から30%に引き上げる方針を示唆した。さらに、関税対象となっていない3,000億米ドル相当の残りの中国製品には、先に発表していた10%ではなく15%の関税率を適用する方針だ。このうち半分未満の品目については9月1日、その他の品目については12月15日が発動日となる。

我々は、米連邦準備理事会(FRB)の追加緩和と強い消費支出に支えられて、米国が2020年に景気後退入りを回避できるとの見方を維持する。追加関税が米経済に及ぼす直接的な影響はほんのわずかだと見積もっている。しかしながら、世界経済と市場の下振れリスクは高まっている。その結果、我々は政治的不確実性へのエクスポージャーを減らすために、株式をアンダーウェイトに移行することでポートフォリオ内のリスクを減らすことにした。債券市場と外国為替市場では、低成長環境下で中央銀行の緩和政策から利益を得る、キャリー戦略を引き続き推奨する。

株式のアンダーウェイト、ヘッジ、インカム戦略の組み合わせによって、リスク中立的なポジションへ近づいた。現時点では、典型的な景気後退や次の金融危機に備えるかのように株式を大幅にアンダーウェイトする必要はない。

次に何が起こるか

米中貿易摩擦はここ数日で悪化し、世界の経済成長と株式市場にとって打撃となる米中の報復合戦のサイクルが続くリスクが高まっている。よって、不確実な政治情勢へのエクスポージャー低減を目的とした、ポートフォリオ内のリスク削減が適切と判断する。

投資家は事態の進展に迅速に対応する必要がある。特に、我々は戦術的資産配分のさらなる変更の必要性を評価するために、次の点に注目する。

  1. ホワイトハウスからのシグナル:米大統領はこれまでも突然の方針転換を行ってきた。従って、突然の通告で貿易紛争の再停戦が実現する可能性は残っている。これには、投資家の柔軟な姿勢が求められる。週末に同大統領が出した貿易に関する声明は、矛盾したシグナルを送っている。フランスのビアリッツで開かれたG7首脳会議では、トランプ大統領は関税引き上げに関する記者からの質問に対して「何にでも考え直す」ことはあると答えた。これまで同大統領が関税引き上げの提案を実行に移したのは、関税措置の発表時よりも株価が上がった時のみだ。市場の低迷が同大統領に態度の軟化を促す可能性がある。しかしながら、グリシャム大統領報道官は、トランプ大統領の「考え直す」というコメントは前後の文脈から切り離されたものだと説明し、同大統領は関税率をさらに引き上げなかったことを後悔していると述べた。我々は、政策状況が落ち着くのを待ってから行動を起こすのが賢明だと考える。
  2. 中国の政策対応:中国はこれまで、対立を激化させることなく米国の動きに対応してきた。我々は、中国が23日の貿易関連の動きに対して早急に対応することはないと考える。しかしながら、米国が関税引き上げの提案を実行に移した場合、中国はそれに対抗して措置を強化する準備を整えているように思われる。
  3. 市場の反応:23日にS&P500種株価指数は、米中貿易摩擦悪化懸念の高まりを受けて2.6%安で取引を終了した。しかしながら市場の取引が終了したのは、トランプ大統領が一段の関税引き上げを発表する前のことだった。我々は、投資家が新たな対立の激化を消化する中で、今週は株式市場が再び下落圧力を受けると予想する。23日の取引終了時点で、米国株式は先月末に記録した過去最高値をわずか6%下回る水準だった。
  4. 政策対応:FRBは、貿易摩擦による潜在的な経済へのダメージを緩和するため迅速な対応をし、7月の会合では「予防的な」利下げを決定した。貿易摩擦が悪化すれば、FRBによるより積極的な金融緩和など、広範な政策対応が行われそうだ。現段階で我々は、今後12カ月で75ベーシスポイント(bp)の利下げがあると予想する。しかしながら中央銀行は市場の下振れを制限することはできるかもしれないが、株価を押し上げる力は弱まっていると考える。また中国当局は、必要に応じて成長を下支えするための資金を大量に保有し、財政・金融政策を実施するとともに、人民元の緩やかな下落を容認すると考える。
  5. 経済指標:我々は、世界の製造業セクターの不況がサービスや消費支出の分野にまで広がる兆しに警戒していく。潜在成長率を下回る成長の期間が続くと予想しているが、今のところは米国が2020年に景気後退入りする可能性は低いと考えている。FRBの金融緩和と堅調な消費支出が、軟調な製造業と投資によるダメージの緩和に役立っている。関税引き上げを見越して企業が発注を前倒しし、景気は強いと勘違いさせる状況になれば、今後数カ月で経済指標の解釈はより難しくなるだろう。また我々は、最新の関税措置が消費支出を弱める兆しにも警戒する。米国の新たな関税措置がもたらす経済的ダメージは、これまでの関税措置よりも大きくなるだろう。これまでの措置が主に、米国が中国以外の国からも調達できる工業製品を対象にしていたのに対し、最新の措置はスマートフォンやPC、カメラ、衣料品など、中国以外の国から代替品を見つけるのが難しい消費財を対象とする。これが、トランプ政権が8月1日に発表した品目の一部に対する発動を12月15日まで延期することを決めた理由なのかもしれない。つまり、クリスマス前の買い物への影響を抑えるためだ。こうした品目への関税引き上げは、企業信頼感が悪化し投資支出が減速する時期に米経済の強さを支える柱となってきた消費支出を弱らせる恐れがある。トランプ大統領が景気後退入りのリスクを低減するために、中国に貿易紛争の停戦を申し入れる決定を下す可能性も残っているが、その場合は2020年11月の大統領選で再選を果たす確率が低くなるだろう。

投資見解

米中貿易摩擦が短期的に市場を動かす状況で、投資家は相場の大きな変動に準備する必要がある。今後の見通しが不透明ななか、このイベント・リスクを緩和するために戦術的資産配分に対し3つの変更を行った。

  • 我々は高格付債に対するグローバル株式のオーバーウェイトを解消する。株式は依然として国債に対し比較的魅力的である一方、米中貿易摩擦の不透明感が株価上昇の妨げとなっている。FRBによる金融政策は下落リスクを軽減させることは可能だが、金融緩和が株価を大幅に上昇させるとの確信は薄れた。米中貿易交渉の見通しは、悪化であれ休戦もしくは交渉妥結であれ、突如変わる可能性がある。
  • 我々は高格付債に対する新興国株式へのアンダーウェイトを開始する。新興国市場の企業はより大きな相場変動、世界経済の減速、貿易摩擦の悪化に晒されている。米ドル建て新興国国債に対する英国株式のアンダーウェイトは維持する。これにより、株式全体はアンダーウェイトとなった。
  • さらに、高利回りの一部の新興国通貨バスケットのオーバーウェイトおよび、低利回りの通貨バスケットのアンダーウェイトに変更を加えた。インド・ルピーとインドネシア・ルピアはオーバーウェイトを維持し、低利回りの豪ドルと台湾ドルのアンダーウェイトを維持する。一方で、貿易摩擦の悪化および各国固有のリスクにより、南アフリカ・ランドのオーバーウェイトとニュージーランド・ドルのアンダーウェイトを外した。

我々は中央銀行の緩和政策からの恩恵を受けるインカム向上を狙う戦略を継続する。これには欧州投資適格債のオーバーウェイトや米ドル建て新興国国債のオーバーウェイトが含まれる。米中貿易交渉や相場が急展開をみせるなか、我々はいつでも戦略を変更する用意がある。

現時点でリスクの削減は賢明だと考えるが、景気後退や次の金融危機に向けた準備を進めている訳ではない。トランプ大統領が貿易紛争の終結をツイートすれば、相場が上昇しリスク調整後リターンは変わるだろうが、リスクシナリオが実現しても大幅な株式相場下落に備えたポジションは組まない。これには根本的な理由がある。これまでの一般的な景気サイクルで、製造業からサービスセクターにまで広範にわたり景気が減速し、これに地政学的リスクが組み合わさった場合は、株式の大幅なアンダーウェイトが妥当とされてきた。また、景気サイクルの最終段階では、中央銀行がインフレ上昇の対抗策として、金利を引き上げ、金融引き締めを行った。しかしながら、今日の状況は、低インフレで、国債利回りは過去最低水準にある。年金ファンドなどの資産運用者が今後数カ月でポートフォリオのリバランスを行う際は、株式の代替となる資産クラスは数少ない。中央銀行は緩和政策を行っており、財政刺激策も見込まれる。よって、製造業の低迷が経済全体に拡散しても、株式への下落リスクは25%よりも15%に近いとみている。株価の調整のタイミングを完璧に捉えようとする投資家は、長期的に投資を捉える投資家よりも、ポートフォリオへのダメージを受ける可能性がある。

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