FRB、利下げに踏み切る

米連邦準備理事会(FRB)は、およそ10年ぶりに利下げを行った。今回の決定は、経済リスクに備え、低下する期待インフレ率を押し上げるために各中央銀行が行う世界的な取り組みの一環と位置付けられる。米連邦公開市場委員会(FOMC)は、金利の据え置きを主張する2名が反対票を投じたものの、0.25ポイントの利下げを決定した。これにより、フェデラルファンド金利の誘導目標は2-2.25%に引き下げられたが、これは世界金融危機の最中に同目標を0%近くに引き下げた2008年12月以来の引き下げとなる。またFRBは、バランスシートの縮小に向けたオペレーションを、当初の予定よりも2カ月早く終了すると発表した。

パウエルFRB議長は記者会見で次のように述べた。FRBは年間を通じて緩和政策への転換を図り、信頼感の改善と、期待に沿った景気動向へとつなげてきた。今日の利下げは、貿易摩擦と世界成長の減速によるリスクが懸念される中で、良好な見通しを維持するために行った。また、FRBが目標とする2%を割り込んでいるインフレ率に対処する意味もある。

投資家は利下げに備えていた。FOMCの決定が発表される直前には、市場は25ベーシスポイント(bp)の利下げを織り込み、50bpの利下げの確率を17%としていた。利下げ発表後も相場は数分間ほとんど変化しなかったが、会合後の記者会見でパウエル議長が発したコメントをきっかけに大きく変動した。S&P500種株価指数は一時約2%下落した後、取引終了までに下げ幅は0.7%に縮小した。米2年国債利回りは前日の終値を3bp上回った。米ドルは対ユーロで0.6%上昇した。

次に何が起こるか?

金融市場は引き続き経済成長を支えるためには追加緩和が必要だと考え、パウエル議長発言を受けた相場変動後も依然として2020年末までに25bpの利下げが2回か3回行われることを織り込んでいる。米経済がこれまで示してきた相対的な回復力とインフレ率の底打ちを示唆する最近のデータから、市場が過剰な程に利下げを織りこんでいると我々は考える。今回の政策転換は、米国の失業率が1960年代以降で最も低い水準で推移し、シカゴ連銀の全米金融環境指数が示す緩和的な信用状況の中で起きている。FRBは予想される景気見通しが著しく悪化しない限り、多くてあと1回25bpの利下げを実施し、2020年末までは金利を据え置くと予想される。

今後数カ月に渡って、米中貿易交渉の進捗状況が経済見通しとFRBの判断に影響を及ぼすだろう。関税引き下げにつながる進展があるとは思わないが、交渉の過程で緊張が著しく高まることはなさそうだ。我々の基本シナリオでは、こうした状況によって景況感が徐々に回復し、FRBの利下げに対する市場の期待が弱まるとみている。

我々はまた、世界の他の中央銀行の反応も注視する。このところ世界的にインフレ率が中銀の目標を下回っていることで、世界の主要経済の間で、日本のように低成長とゼロに近いインフレ率が長期に渡って続くのではないかとの懸念が高まっている。FRBの利下げを受け、他の金融当局は緩和を進めて通貨上昇のリスク低減を図るだろう。欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は、インフレ期待が低下する状況を反転させるために金融当局は「断固として対応」し、「2%に満たないが2%に近い」ECBのインフレ目標を、「インフレ目標における対称性へのコミットメント」(インフレ率が2%目標の上下どちらであっても断固として対応するということ)に変更する可能性があると示唆した。我々は、ECBが今年9月と10月の会合で、現在は-0.4%の預金金利を10bpずつ引き下げると予想する。スイス国立銀行もスイス・フランの上昇を制限するために、-0.75%の政策金利を引き下げる圧力にさらされるだろう。

中期的には、FRBが法によって定められた「最大限の雇用、物価安定、緩やかな長期金利」という使命についての考えをいかに発展させていくかに注目する。金利はこれまでよりも低い水準で推移しているにもかかわらず、インフレ率はFRBが目標とする2%を継続的に割り込んできた。そして市場からは、FRBの物価目標達成に対して懐疑的な見方が示唆される。FRBは最大限の雇用について新たな解釈を採用するかもしれない。もしくは、過去の目標未達分を埋め合わせるために、2%を超える

インフレ率の上昇の奨励を示唆するかもしれない。また物価目標を達成し、景気低迷時により大きな支援を提供するために、新たな金融政策のツールを導入するかもしれない。

パウエル議長は先日、持続的な成長の重要性を強調した上で、労働市場の回復は「労働力の末端にあるコミュニティにまで到達し始めている」と指摘。今回の記者会見でも同様のコメントを行った。現在の景気拡大局面は戦後最長である一方、GDP成長率の平均は通常の半分程度である。こうした中、低スキル労働者は最近になってようやく雇用機会の拡大と賃金上昇から恩恵を受けるなど、米国の中で景気拡大の利益が不均一に配分されていた。こうした最近の恩恵を維持・拡大する取り組みの中で、FRBは失業率とインフレ率のデータを注視するよりも、緩和的な金融政策スタンスの採用に意欲的になるだろう。

投資見解

我々はこうした低金利環境が株式にとってプラスに働くとともに、「キャリー取引」による金利収入を下支えし、投資ポートフォリオの収益を押し上げると予想する。

  1. 我々は外貨戦略で、低金利通貨のバスケット(豪ドル、ニュージーランド・ドル、台湾ドル)に対して、高金利の新興国通貨のバスケット(インドネシア・ルピア、インド・ルピー、南アフリカ・ランド)をオーバーウェイトする。我々はこれらの通貨が、世界および新興国の安定的な経済活動だけでなく、有利なキャリー環境からも恩恵を受けると考える。
  2. 欧州投資適格債のクレジットスプレッドは、ECBの緩和スタンスによって下支えされるだろう。金融緩和政策が実施される環境では、このポジションは比較的低リスクで金利収入を期待できる。ECBのハト派スタンスによって投資家が利回り物色に走ると、投資適格債スプレッドはさらに縮小する可能性がある。負債比率は過去10年の中間値に近く、インタレスト・カバレッジ・レシオ(企業の債務支払い能力を測る一つの指標)は健全だ。欧州の投資適格債発行体の負債水準も米国発行体よりも低い。
  3. 我々は、新興国国債に長期的な価値があるとみている。米ドル建て新興国国債は、米国債に対するスプレッドが約330bpで、長期的なリスク調整後リターンの見通しが良好だ。これは低金利の時期において特に魅力的だ。
  4. 我々はまた、魅力的な利回りを提供する可能性のある様々な投資テーマを推奨する。例えば配当重視型戦略は、MSCI EMU指数の予想利回り約3.7%を上回るリターンを生む可能性がある。

我々は低金利政策が長期に渡って続くと予想するが、米債券市場は短期間に大幅な利下げが行われるリスクを過度に織り込んでいると考える。従って我々は、償還期間の短い米国債よりも、株式とキャッシュの保有を推奨する。

FRBはECBよりも大幅な利下げを実施し、金利差の縮小によって米ドルは対ユーロで下落するだろう。世界的に緩和傾向にある金融政策は、低迷するユーロ圏の製造業活動の安定に寄与するだろう(ドイツでは7月の製造業購買担当者景気指数が、景気拡大と悪化の分かれ目となる50を下回る43.1に落ち込んだ)。これもユーロに恩恵をもたらす。我々はユーロ/米ドルの6カ月と12カ月予想をそれぞれ1.15、1.17としている。さらに広く目を向けると、緩和的な金融状況は投資家のリスク選好のセンチメントを下支えし、米ドルよりも新興国通貨にプラスになるとみている。

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