中国レポート:中国資産は、新たな逃避先になり得るのか?

中国国家統計局が2020年7月16日発表した2020年4~6月の国内総生産(GDP)は、実質で前年同期比3.2%増えました。

中国はプラス成長に転換

中国国家統計局が16日発表した2020年4~6月の国内総生産(GDP)は、実質で前年同期比3.2%増えました。3月中旬以降、中国は新型コロナウイルスの抑えこみに成功し、先進国に先駆けてプラス成長に戻りました。消費や雇用の弱さ、洪水などへの不安も指摘されていますが、中国が他のどの主要国よりもV字回復にかなり近い位置にいることは、公表された以下の様々なデータからも明白です。

図1:中国経済指標、四半期ベースで概ね改善

各指標

各指標

1-3月期

1-3月期

4-6月期

4-6月期

備考

備考

各指標

実質成長率

1-3月期

-6.8%

4-6月期

3.2%

備考

予想以上のプラス転換

各指標

鉱工業生産

1-3月期

-8.4%

4-6月期

4.4%

備考

自動車生産等が牽引

各指標

固定資産投資

1-3月期

-16.1%

4-6月期

-3.1%

備考

不動産とインフラが牽引

各指標

輸出

1-3月期

-13.0%

4-6月期

0.1%

備考

コロナ関連が牽引

各指標

輸入

1-3月期

-2.9%

4-6月期

-9.7%

備考

6月に急回復も弱い

各指標

小売売上高

1-3月期

-19.0%

4-6月期

-3.9%

備考

ネット好調も外食不振

各指標

新規雇用

1-3月期

-29.3%

4-6月期

-18.9%

備考

大幅マイナスが継続

各指標

社会融資総量

1-3月期

11.7%

4-6月期

12.9%

備考

クレジットの成長も継続

出所:各種報道、リフィニティブより
注:前年同期比の増減、固定資産投資の4-6月期は1-6月期、社会融資総量の伸びは3月と6月の値

経済データ以外でも、中国工業用金属価格や銅・鉄鉱石価格の反発が顕著です。6月の債券と株式の発行残高の高い伸び、7月の中国株の急騰を受け、ようやく投資家からは「中国資産に投資しなければいけないのではないか?」というコメントが増えているようです。

米国の二面作戦、市場の懸念はやや後退

投資家の間には、長期化する米中の緊張、新型コロナウイルスを巡る中国への不信、そして香港国家安全維持法の制定を受けた新たな報復合戦への懸念が強く、これらが中国資産への投資を見合わせた理由とみられてきました。

このような地政学的な懸念は根強いものの、足元の金融市場では様々な制裁等の報道に対し、落ち着いた反応を見せ始めています。トランプ大統領は選挙戦での劣勢を認めており、習主席も国内に多くの課題を抱えています。米中とも外交よりも国内経済の回復を優先するとの期待が高まっており、特に米国は自国経済に悪影響を与える対中措置は控えたいはずです。結果、中国叩きのポーズを強める一方で、中国からの農産物輸入は継続を強く望むなど、経済関係の断裂を避けるホワイトハウスの二面作戦が明白となっています。

中国本土株の急騰、その持続性は?

4-6月期の中国においては、経済の回復に比べ、株価は相対的に劣勢でした。それが7月に入り急騰し、上海総合指数が終値で5年ぶり高値を更新しました。政府主導の上げは、2015年の相場と確かに似ています。今回も中国株式は、①緩和的な金融サイクル、②資本市場の発展を加速させる政策の恩恵を強く受けています。一方で5年前からの変化や相違点も多くあり、それらが今回は株高の持続性に影響すると考えています。

2015年との類似点と相違点

類似点として挙げられる金融緩和の強化ですが、中国人民銀行は、2020 年1 月の新型コロナウイルスからの影響を受け、2 月以降に緩和を加速させました。今年前半だけで預金準備率が3 回引き下げられ、全体の引き下げ幅は100bp にのぼっています。加えて、コロナウイルス対策として、金利支払いの延期や免除など様々な金融支援で企業を後押しています。

投資家は、新型コロナウイルス流行に伴う景気低迷から世界2位の自国経済を回復させるために、中国は追加刺激策を打ち出すとみています。中国人民銀行(PBOC)は、米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)とは異なり、これまで大規模な行動を控えているため、政策余地は残されています。2015年との違いは、中国の金融政策サイクルが先進国中銀のそれとシンクロしている点です。世界的な流動性の爆発が中国株の強気相場の延長をサポートする可能性があります。

もう一つの類似点は、中国資本市場の開放とテコ入れです。政府は、株式市場への関心を高め、2015年よりも介入の姿勢を強めているように見えます。中国証券報の論説を使って、「健全な強気相場」を促したものの、急激な株高に対して規制当局は、異常な信用取引を規制するために公式な通達を出しました。2015年の株高バブルの崩壊を招いたのは、信用取引の規制強化と短期金利の上昇でしたので、今後も規制当局が同様な措置を強めるようなら、注意が必要となります。

中国金融市場の開放

一方、現在の中国金融市場は、2015年よりもはるかに開放されています。上海‐香港のストック・コネクトが2014 年11 月に開始された当初、資金フローはほぼゼロでした。それが2015 年から現在までの間に、2016 年12 月に深セン-香港のストック・コネクト、2017 年7 月にボンド・コネクト、2019 年6 月に上海‐ロンドンのストック・コネクトが開始され、足元では単日で100億元(1530億円)以上の資金流入が確認されるまでに発展しています。また、2015 年には、A 株がMSCI 指数に含まれていませんでした。現在は、組み入れ率は2018 年6 月の当初の2.5%から20%に上昇しています。A 株は、FTSE Russell 指数に組み入れられており、組み入れ率は25%となっています。

新たな資本市場の開放とテコ入れ

中国政府は、更に資本市場の発展を狙い、今年に入ってから更なる市場開放、テコ入れに動いています。  

1)5 月には、適格外国機関投資家(QFII)/人民元適格域外機関投資家(RQFII)の投資割当枠が撤廃され、外国人のポートフォリオ投資の換金、リパトリ(本国送金)の利便性が改善されています。         

2)海外の金融機関による出資比率の過半数への引き上げが容認され、自らが過半数を保有する証券会社の設立が可能になりました。また、最近に改定された外資企業の投資に対する制限・禁止分野をまとめたネガティブリストでも、金融分野は対象から除外されました。

3)米中間でテクノロジーの断絶が懸念される中、金融テクノロジーのイノベーションで重要な役割を果たす資本市場改革が進んでいます。今年だけで、ハイテク関連など新興企業向け市場の創業板/科創板にそれぞれ45 社/71 社が新規上場しており、IPO 件数は、すでに昨年1 年間の52 社/70 社の水準となっています。今後においても、IPO に新たな登録システム導入(ルールの緩和)、レッドチップ企業の国内上場に対する規制緩和やA 株指数デリバティブ商品のオフショア市場導入などが検討されています。

政府による資本市場への関心の高さは、2015年の時以上で過去にもなかったと思われます。その背景には、香港の国家安全法の制定があったと見られています。5年前と比べ、海外資金を中国本土に呼び込むゲートとしての香港の役割は、格段に上昇しました。それがゆえに、国家安全法施行をきっかけに、金融センターとしての香港の機能に対する懸念を抑えたいとの意向が株高演出に繋がった可能性があります。

グレーターベイエリア構想が狙うもの

中国は、香港を抱き込む形での資本市場を発展させようと急いでいます。中国人民銀行は6月末に、中国銀行などと「広東・香港・マカオグレーターベイエリア(粤港澳大湾区)の建設に対する金融支援にかかる意見」を公布し、新しい政策措置を示しました。この措置は、香港、マカオ、広東省の9都市間の国境を越えた貿易、取引、投資を促進することを目的としており、国際金融センターとしての香港の地位をさらに強固なものとする狙いがあると見られています。

特に、このエリアでの金融インフラの相互接続の向上が注目されています。この措置は、金融セクターに利益をもたらすだけでなく、国境を越えた取引や投資の容易さも、この経済圏のテクノロジーや他の新興産業を牽引すると見られています。中国開発銀行は2020年に、2,900億人民元(4兆3,850億円)の融資を含む、総額3,600億元の資金を投入すると発表し、このうち、科学技術イノベーションと戦略性新興産業の領域に1,100億元が振り向けられます。

ウェルス・マネジメント・コネクトについて

新たなスキームとして、ウェルス・マネジメント・コネクト(WMC)に注目しています。ウェルス・コネクトは、香港‐上海間、香港‐深圳間のストック・コネクト、ボンド・コネクトに続く香港と本土を結びつける制度で、この地域の11の都市の約7000万人が香港・本土の投資信託などに相互にアクセスすることが可能になります。正式な開始日および実施日の詳細は、別途指定される予定ですが、UBSは当スキームの開始は2021年の4-6月期になると予想しています。

ウェルス・コネクトは、様々な通貨、市場、資産クラスに資産を分散させるという中国本土投資家の高まる需要を満たすスキームになると見られています。一方の海外投資家にとっては、中国本土の魅力的な利回りを提供する債券やテーマ別の成長機会(テクノロジーやバイオテクノロジーなど)へのアクセスが投資信託を通じて可能になります。ウェルス・コネクトは、今後数年間にわたって、ストック・コネクトやボンド・コネクトと同じ成長軌道を辿ると予想しています。加えて、グレーターベイエリアでの相互接続スキームの成長が、投資家が懸念する世界の金融センターとしての香港の価値を補完することも期待されています。

安全資金の新たな逃避先?

中国株などリスク資産は、政府の政策や意向に敏感になっており、今後も変動が高まるリスクがあります。一方で中国の高い成長率、高金利、そして新たな資本市場へのテコ入れ措置といった中国の特異な状況を考慮すると、中国資産が長期的に投資家に選好される余地は大きいと思われます。分断が進む世界において、成長と開放と接続を強めている中国への資金フローは確実に増えていくと思われます。また、世界の成長が失望を誘い、あるいは貿易摩擦の悪化や新型コロナウイルスの流行が再燃した場合、市場の混乱を回避したい投資家は、新たな資金の逃避先として中国資産を選ぶことになるかもしれません。

図2:香港‐中国本土 ストック・コネクトの売買

(2016年12月~2020年7月、7月分は16日まで)

香港‐中国本土 ストック・コネクトの売買