中国レポート:先進国とのデカップリング、むしろ追い風?

全人代の後、トランプ米大統領が「中国との断絶」まで口にするなど中国への風当たりが強まり、貿易戦争の再燃が危惧されました。しかし、その懸念は肩すかしとなりそうです。

名を捨てて実を取る

全人代の後、トランプ米大統領が「中国との断絶」まで口にするなど中国への風当たりが強まり、貿易戦争の再燃が危惧されました。しかし、その懸念は肩すかしとなりそうです。トランプ氏は支持層に向けた中国叩きを継続する一方で、ホワイトハウスは香港への国家安全法に対し「強力な対応」をあっさり見送り、中国企業への制裁などの動きも鳴りを潜めています。

中国側も、トランプ大統領が熱望する農産物の輸入を履行する意向です。ハワイでの米中協議を経て、中国はコロナ禍でも「第1段階の米中貿易合意」を順守し、米国産農産物の購入を加速させる方向で進みそうです。米国の名を捨てて実を取る政策で、中国の思惑通り、香港やウイグルの人権問題は棚上げされそうです。

今後も米中が国内の政治・経済の安定を優先すると見る背景には、収束が見えないコロナ禍に加え、秋に米大統領選挙を控えたトランプ氏の苦戦が挙げられます。米中冷戦は長期化するも、両国とも当面は自国経済への痛手は最小限に抑えたいと思われます。

順調な経済回復を受け、見通しも上方修正へ

中国では4月以降、国内経済活動の整然とした正常化を受け(図1)、順調な回復が続いています。5月発表の主要経済指標では、前月から一段と回復基調が鮮明となりました。特に3-5月の輸出データは予想を超える力強い結果でした。世界経済が停滞したこの期間に、中国はマスクなど医療品やIT機器などで世界でのシェアを拡大したと見られています。また、自動車および住宅販売、インフラ投資、鉱工業生産ではV字回復が見られました。家計の高水準の貯蓄、感染抑制に対する政府への高い信頼、的を絞った財政・金融支援策の迅速な実行が功を奏したと評されています。

小売売上や製造業投資などに弱さも残っているものの、中国ではオンライン消費に加え、ウィズコロナの時代を先取りした感染リスクを減らす住宅関連や自動車への購入意欲が高く、消費の押し上げが期待できます。

各社から中国の経済成長見通しを上方修正する動きも散見されます。UBSでも、第2四半期のGDP成長率が、従来の予想のマイナス0.7%からプラス0.5~1%になり、年間での成長率も現在の予想値(+1.5%)よりも高くなる可能性が強いと見ています。

図1:交通渋滞指数と電力事業者の石炭消費量の推移

図1:交通渋滞指数と電力事業者の石炭消費量の推移
出所: UBSグループより当社作成、6/22時点

北京での感染再拡大のリスク

6月には、北京での感染の再拡大が懸念されたものの、政府が直ちに「非常時」宣言をするなど応急措置を取り、新規の感染者数は減少に向かっています。北京での新規感染者数は、20 日までは20人以上でしたが、21日以降は10人を下回るなど、大幅に検査数を増やした中でも、減少傾向となっています。

中国では、政府の徹底した感染抑制策、これまでの実績に高い信頼があります。加えて今回の閉鎖は学校など一部に限定され、経済への影響は限定的と見られています。一方で、米国はコロナ再拡大期に入っています。拙速な経済再開の危うさが露呈し、新規感染者は4月のピーク(3万1千人)に近づき、トランプ大統領の感染対策に対する信頼は、大きく低下しています。

足元の世界で起きている感染の再拡大は、ウイルス感染への防止策が緩和されると、公衆衛生のリスクが高まり、容易に再発する可能性を強く示唆しています。健康懸念およびその結果としての措置で、レストラン、エンターティンメント、および観光などが引き続き打撃を受けるとみられます。経済回復が先行している中国では、消費行動の変容が他国より早く進み、コロナ前の状況には戻れない業種の選別が明らかになると思われます。

先進国とのかい離を広げる中国

政治的には中国への非難は多いものの、これまでのところ中国は、経済的な他国との結びつきはうまく維持しています。また、感染抑制と経済正常化に成功し、その後の回復も順調です。結果、出遅れている先進国との経済ファンダメンタルズ格差は拡大しています。最新のIMF見通しによると、2020年の先進国・地域のGDP予想は-8%となった一方で、中国は世界で唯一のプラス成長(+1%)が見込まれています。冷静に考えると、相対的にはコロナ禍は中国の追い風となり、米国との経済覇権の逆転を早める可能性さえあります。さらに興味深いことに中国では、米国のような経済回復への期待先行からの株価のV字回復はみられず、順調な経済回復を反映した緩やかな株高と債券安となっています。

全人代及び政治協商会議で発表された財政刺激策と中国人民銀行の金融緩和策が先進国に比べて控えめだったことなどから、個人の投資マネーが株式市場などリスク資産に殺到するような事態が起きなかったようです。カジノ資本主義にシフトしている先進国と比べ、中国では市場経済が正常に働いていると見られます。

出遅れた中国債券に投資妙味

先進国のコロナパンデミック対策で溢れた緩和マネーは、株式だけでなく、債券市場にも影響を及ぼしました。世界の債券市場では、各国で見たこともない経済データの悪化も加わり、米国債を含めほとんどの債券利回りがゼロ近辺まで低下しました。その中で、中国での利回り上昇は注目すべき例外となっています。中国10年国債利回りは、2019年末の3%台から一時2.5%近辺まで低下したものの、都市封鎖が解かれた4月以降は反転基調となり、足元では3%近くまで上昇しています。先進国では経済封鎖の解除後も金利の上昇は概ね見られていません。

図2:各国の10年国債利回り推移

(年初来、6/23時点)

図2:各国の10年国債利回り推移
出所:リフィニティブより

長期的な安全資産の受け皿に

米国など先進国では、株式や社債などリスク資産がV字回復しつつある一方で、中国と違い感染拡大は続いており、期待先行の実体経済の回復はこれからです。更に投資家の多くは、実態経済と金融市場の乖離やコロナ感染第2波リスクなどから、目を逸らしたままです。より重要な問題は、感染抑制と経済再開の両立を前提とした楽観シナリオが揺らいだ場合、逃避資金の行き先、安全な資金の受け皿が先進国の中だけでは十分でないことです。米国債を含めた世界の債券市場では、利回り確保が極めて困難な状況となっています。

一方で中国債券市場では10年物国債で約3%の利回りが期待できる状況です。また、中国人民銀行は十分な緩和余地を残しています。この他、中国債券には長期の投資先として期待が持てる理由が複数あります。 中国は、コロナの悪影響が消えた後も、人口動態からの逆風を受けることが確実です。高齢化社会が経済成長を圧迫し、成長率はコロナ前の水準には戻れないと予測されています。一方で、退職に備えた高い貯蓄率が金利を抑制しており、年金マネーが債券に向かう失われた20年を経験した90年台の日本に近い状況です。

留意点はもちろんあります。中国地方政府が抱える巨額の簿外債務や特別債発行など政府部門の債券発行の拡大などです。一方で中国政府は、コロナ禍でも消費者需要の喚起など追加の財政出動に対し、消極的な姿勢を継続しています。高水準の債務、資産バブルや金利上昇へのバランスある配慮は、債券には追い風です。

人民元リスクの後退

米中貿易戦争の再燃による為替リスクも熟慮すべき項目です。一方で米中が通商協議の継続や中国債券利回りの上昇もあって、人民元相場は落ち着いています。加えて、米FRBの流動性対策を受けて有事のドル調達圧力が一段落し、その後FRBからは少なくとも2022年まで事実上のゼロ金利政策を続ける見通しが示され、空前絶後のパンデミック対策により米国でも巨額の財政赤字が更に膨らんだことなどから、今後はドルの上値が抑えられるとの見方も出ています。

実際の人民元リスクは、市場の懸念より大きくないかもしれません。対ドルでの人民元の過去5年間の動きを見ると、1ドル=6.2〜7.2元と、ユーロの対ドル相場よりも変動幅が小さいことが分かります。他のリスクとして中国の資本規制の存在が指摘されますが、これも人民元債が他の主要債券との相関性が低いことに繋がっています。中国国債が外国で保有される比率は10%未満と、米国債の約29%を大きく下回っています。

中国債券の中でも国債は、与信リスクもなく、感染第2波、それに伴う経済危機の到来に対し、逃避資産の受け皿としてリスクヘッジの役割が期待されます。 ウィズコロナ時代には、貿易での「反グローバル」や、経済での「ブロック化・デカップリング」が進むリスクがあり、投資家は「分断化する世界」でポートフォリオの多様化を迫られる可能性があります。中国債券は、相対的な高利回り、他資産との低相関、長期的なリターンが見込める魅力的な投資先とみられます。 

図3:人民元と中国国債利回りの推移

(2018年6月25日~2020年6月23日)

図3:人民元と中国国債利回りの推移
出所:リフィニティブより