中国レポート:テックの牙城で「デジタル人民元」が始動

習近平国家主席は2020年10月14日、経済特区40周年を祝う式典に出席するため、深センを訪れました。時を同じくしテックの牙城では、総額1000万元(約1億5700万円)のデジタル通貨を抽選で5万人の市民に配布しました。

深セン市、抽選でデジタル人民元を配布

習近平国家主席は10月14日、経済特区40周年を祝う式典に出席するため、深センを訪れました。時を同じくしテックの牙城では、総額1000万元(約1億5700万円)のデジタル通貨が抽選で5万人の市民に配布しました。中国は今年に入り、4つの都市(深セン、蘇州、雄安新区、成都)でデジタル人民元の実証試験を始め、今月深セン市で初めて市民に配布されます。

なんと当選者は、デジタル人民元公式アプリ内の赤い封筒で200元(約3100円)を受け取り、このバーチャルマネーを市内3,000店以上の小売店で使うことができるそうです。

中央銀行デジタル通貨を巡っては、中国主導を警戒する日米欧も導入に向けて作業を加速しています。今回の中国での実用化を見据えた取り組みに、更なる関心と警戒が向けられそうです。日本では自民党が中銀デジタル通貨の早期導入を提言し、欧州では欧州中央銀行(ECB)が今月2日、中央銀行デジタル通貨「デジタルユーロ」に関する報告書を公表したばかりです。

見えてきた「デジタル人民元」の仕組み

今回のデジタル人民元の配布は、中央銀行が発行する仮想的な通貨に関する中国初の大規模な公開実験です。すでに中国では、今年に入り人民銀行が各地で実証試験を行い、4大銀行もそれぞれ「デジタル人民元」のデジタルウォレットのテストを行ってきました。

「デジタル人民元」はただの暗号通貨の一形態ではないようです。共通した一つのアプリ上で行われるのではなく、人民銀行が発行した「デジタル人民元」は、ユーザーに供給する銀行やアリペイ、ウィーチャットペイなどが、それぞれの既存のアプリをユーザーに提供するという仕組みとなっています。

現金が使われなくなりつつある中国において、既存のアプリを使用する方が、コストを節約できるうえ、ユーザーにとっても新たなアプリを導入してそれに慣れる必要がありません。今後、中国アプリが普及している中華経済圏で展開するにも都合が良いと思われます。

ユーザーは、既に預金口座を持つ銀行に新たにデジタル人民元口座(デジタルウォレット)を開設し、預金口座から必要な額のデジタル人民元を口座に振り替えてデジタル通貨を利用することになります。興味を引くのは、今回市民に配布された「デジタル人民元」は、支払いの際、一般的なキャッシュレス決済のようにインターネットにつなぐ必要はないという点です。

「デジタル人民元」の使い方に関して、中国人民銀行デジタル通貨研究所の穆所長が興味深い説明をしています。スマートフォン同士を近づけるだけで、デジタル人民元を移転させる(送金)ことができ、ネットワークにつながっている必要はない、というのです。重要なのは、「デジタル人民元」のネットワークには、ブロックチェーン技術が用いられ、既存の銀行間の決済システムが利用されることはないという仕組みです。

デジタル人民元発行の狙いは?

デジタル人民元の発行は、政府にとって、中央銀行が発行・管理し、中国の法定的、物理的な通貨のデジタル版として機能するものとなります。また、中央政府は通貨の流通を把握できることになります。

中銀デジタル通貨はアリペイ、ウィーチャットペイよりも高い信用力を持つため、ひとたびデジタル人民元が発行されれば、ユーザーはアリペイ、ウィーチャットペイからデジタル人民元へと、デジタル通貨の利用をシフトさせていく可能性が十分に想定されます。

上記の民間プラットフォーマーに対する国内銀行のデジタル決済分野での競争力を引き上げる狙いがみられる一方、中央銀行がデジタル人民元を支えるロジックとインフラを提供する中で、民間の銀行や企業が実用レベルでイノベーションを起こすとの期待もあります。

最近では中国の配車アプリ「DiDi(滴滴出行)」と中国EC(電子商取引)第2位の「JD京東商城(京東商城)」のフィンテック部門が、「デジタル人民元」の実生活での実装を加速させる計画を明らかにしています。

「デジタル人民元」、最大の狙いは人民元の国際化

今回の試験配布は、「デジタル人民元の開発が段階的な成果を獲得し、大きな進展があったことを意味する」、と国内外で評価されそうです。一方、中国がデジタル人民元の発行を急ぐ一番の狙いは、国内要因に加え、人民元の国際化を進めることにあると見られています。

新型コロナウイルス問題発生の後に一層激化した米中間の対立は、香港問題をいわば触媒にして、貿易から金融分野へとその主戦場を移しています。

中国が米国の金融覇権に対抗するためには、人民元の国際化と米国が握っている国際銀行送金システムの国際銀行間通信協会(SWIFT)を経由しない形での国際決済を拡大させていく必要があります。「デジタル人民元」は周辺国での利用拡大を通じて人民元の国際化を進める起爆剤となることが期待されています。

中国は経済圏と並行し、通貨圏の形成も視野に

米国の国際金融覇権に対抗するため、中国は、人民元の国際化を進めるのと並行して、米国の介入を受けない、人民元建ての独自の国際銀行決済システムを構築してきました。それが、2015年に中国が作った国際銀行間システム(CIPS)です。中国は、ドルと「同じ土俵で戦わない」形で、人民元の国際的な利用の拡大を目指していると、指摘されています。

米中摩擦の激化により、足元でテック関連を中心に、中国製品が米国やその他の先進国の市場から次第に締め出されています。中国は経済成長の維持のため、新たな輸出先、新たなグローバル・バリューチェーンを構築する動きを強めており、新たな経済・貿易圏のベースとなるのは、「一帯一路構想」とみられています。

人民元の国際化と金融分野の強化は、このような新たな経済圏の形成と一体と考えられています。政府がその重要な手段と位置付けるのは、銀行システムから離れてブロックチェーン上で取引される「デジタル人民元」の発行なのです。

中国テックの本拠地深センは、国際金融センターの香港を飲み込む形で、更なる発展が見込まれています。その深センを軸に、中国は「世界初のデジタル通貨」の発行を急いでいます。その狙いは深いと思われます。