新型コロナの世界的感染拡大とその結果引き起こされた景気後退は、全米の政治情勢を大きく変えている。新型コロナによって、2人の候補者は従来のような選挙運動で、有権者に訴えかけることができなくなった。トランプ大統領とバイデン元副大統領は、選挙戦を戦うために、より頻繁にソーシャルメディアと指名した代理人に頼らざるをえなくなった。そして両候補者は、この公衆衛生の緊急事態への対応を余儀なくされている。米連邦最高裁判所のギンズバーグ判事が死去したことも予想外の出来事であり、選挙戦最後の数週間で連邦最高裁を政治的な争いに巻き込むことになった。

トランプ大統領は、米国経済の健全性に焦点を置く最初の選挙戦略から、社会不安と中国との競争が激化する時代において公共の安全を向上させることへと焦点をシフトさせた。バイデン氏は、トランプ大統領による新型コロナ危機への初期対応を繰り返し非難しながら、自身の政策綱領が景気回復の妨げになるとの批判と戦っている。

バイデン氏は全国的な世論調査で安定的にリードを保っている。だが我々は4年前に、世論調査が必ずしも正しく状況を映し出している訳ではないことを学んだ。トランプ大統領にとっての最大の敵はカレンダーなのかもしれない(図表1参照)。投票日まで6週間を切り、有権者はすでに投票を行っている。ノースカロライナ州では先週、郵便投票が始まった。他の州では、9月末までに投票所での直接投票が開始される。

UBS US Office of Public Policy (UBS米国公共政策担当部門)は、現在のところ民主党が大統領職と上下両院の過半数を獲得する、Blue Wave (民主党圧勝)が起きる可能性が最も高いと考えているが、次の可能性として、トランプ大統領が再選を果たし、議会がねじれ状態になるシナリオの実現を挙げている。

財政政策の違い

コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法(CARES法)に基づく、1週当たり600米ドルの特別失業給付は7月31日に失効した。我々は、議会に妥協点を見出すよう政治的圧力がかかり、大統領選の投票日前に追加財政支援策が講じられると予想していた。だが現在は、大統領選終盤によくみられることだが、議会の膠着状態が続いている。超党派の議員グループが追加財政支援策に予算を割り当てる法案を提出したが、両党の指導部は成立に向けて前向きでないようだ。次に連邦政府の追加支援策を引き出す最善の機会は、レームダックとなる議会が開かれる12月に訪れるかもしれない。

協議の行き詰まりは、2つの政党の見解が大きくかけ離れていることを浮き彫りにする。11月3日の投票日が近付くにつれ、新型コロナの問題が他の重要政策よりも注目されるだろうが、このところ両候補者の財政政策が、有権者と投資家から然るべき関心を集めつつある。両候補者は、経済成長と安全保障を促進するのに必要な政策に関して、明確に異なる見解を有権者に示している。

共和党政策綱領

トランプ大統領は、大統領候補者を指名する共和党全国大会で、通例では長文の選挙用政策綱領を承認するが、その慣例に従わなかった。その代わりに、2期目の政策目標を書面で簡潔に発表している。この共和党の政策方針は、一般的に大統領候補者から発表されるものほど詳細ではないが、概ね野心的だ。大統領が提案する財政政策には、個人向け追加減税や、海外から米国に雇用を移した企業に対する連邦税額控除など各種控除などが含まれる。政策方針では、オポチュニティゾーン・プログラム(低所得地域への投資に対する税制上の優遇措置)の拡大を通した、追加のキャピタルゲイン減税が明確に支持されている。

2017年税制改革法(TCJA)の多くの条項が2025年末に失効する予定だが、トランプ大統領は減税を恒久化するよう議会を説得するのかといった、失効に伴う増税をいかに回避するのかについては話してない。新たな議会の働きかけがなければ、個人所得税、基礎控除、子女税額控除はおよそ5年で元の水準に戻る。

指名受諾演説と同時に発表された政策方針では、中国に対する敵対姿勢の強化、移民法施行の厳格化、法執行機関(主に警察)に対する支援にも焦点が置かれた。共和党はこれら3項目を、勝利に向けた選挙戦略と見ており、「中国依存に終止符を打つ」との言及は、大統領が再選を果たした場合に、引き続き関税を外交政策のツールとして使う意思があることを示唆する。大統領は米国に事業を戻すことを拒む企業に対して選択的に関税を課し、これら企業と政府との契約を解除する可能性があると警告している。

一方、敵対候補の意見に暗黙に同意するという稀な事例ではあるが、トランプ大統領は処方薬価格と医療保険料を引き下げ、既往症を持つ人の保険加入を目指す意向だ。総じて、大統領の政策が国庫(そして米経済全体)に及ぼす影響を計算することは難しい。トランプ政権の2期目は必然的に1期目と同様に、目標達成のためには国債の発行に頼らざるを得なくなる。

民主党政策綱領

トランプ大統領の短い政策方針と対照的に、民主党の政策綱領には、米連邦破産法改正の必要性やグリーンニューディール、地方への再投資など実に様々な政策が長々と列挙されている。バイデン陣営は総合的な財政計画を発表していないが、インフラ投資、気候変動、医療保険拡充に関連した一連の予算要求の財源の一部を確保するために増税を行う提案を盛り込んでいる。しかしながら、根本的には、規制強化、2017年税制改革法の多くの条項の撤回、民主党の長年の優先政策課題への連邦予算拡大に主眼を置いている。

バイデン氏は、所得税の最高税率を39.6%に引き上げと、年間所得が40万米ドルを超える個人に対する給与増税を主張する。また所得が100万米ドルを超える者に対しては、キャピタルゲインに通常の所得と同じ税率を適用することも提案している。法人税も引き上げ対象だが、2017年税制改革法の成立前に一般的だった税率よりも低く抑える方針だ。法人税率は21%から28%に引き上げられ、利益が1億米ドルを超えた企業には15%の代替ミニマム税(AMT)が課される。

民主党陣営はまた遺産税に狙いを定め、控除額の350万米ドルへの引き下げと、相続資産の取得価格を相続時点の時価とするステップアップ方式の廃止を提言する。化石燃料産業に対する税制上の優遇措置は廃止される一方、省エネに対する優遇措置は強化される。給与増税を除き、バイデン氏の財政政策の大半は、予算調整制度に基づいて上院で過半数の賛成を得た場合に実施されるだろう。

タックス・ポリシー・センターは、バイデン氏の提案によって2021年から2030年までの10年間に連邦政府の歳入が、約4兆米ドル増加すると見積もっている。1 増収のおよそ半分は世帯への増税、残りは企業への増税となる。タックス・ファンデーションは、バイデン氏の課税計画で、高額納税者上位1%の税引き後所得が7.8%減ると予想。上位5%は1.1%減少するなど、その後は所得が下がるごとに、目減り額も少なくなっていく。

際立つ財制政策の違い

2候補者の財政政策の違いは明らかだ。トランプ大統領の政策の詳細は明らかにされていないが、同大統領は税率を引き下げつつ、連邦政府のインフラ投資を増やすために、国債の発行に依存すると結論付けざるを得ない。バイデン氏は2017年に施行された減税を撤回し、その結果得られた増収分を気候変動対策と医療保険拡充に振り向けると提案している。

しかしながら、バイデン陣営が策定する財政支援策の規模と範囲は、トランプ大統領が検討するものよりもはるかに大きい。その結果、増税が経済成長率に及ぼす悪影響は一部相殺される。トランプ氏が再選を果たすか、バイデン氏が有権者に選ばれるかにかかわらず、どちらの場合でも、財政赤字が膨らんだ状態が続くことになる。

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