為替 円の本格的な調整の始まりか

今後12カ月にわたり予想される円高ドル安の背景は、2017年のユーロ上昇の状況に類似している。広範なドル安に加え、過度な円安、経常黒字の拡大、日銀の金融政策の変更が円のさらなる上昇を後押しすると考える。

01 3 2018

2018年3月1日

Chief Investment Office WM

Teck Leng Tan, CFA, Analyst; Thomas Flury, Strategist; Dominic Schnider, CFA, CAIA, Analyst;
青木大樹、日本地域CIO (最高投資責任者) Daiju Aoki

  • 我々は先月21日、ドル円の3カ月、6カ月、12カ月予想を102円、100円、98円に引き下げた(従来予想はいずれも110円)。
  • 今後12カ月にわたり予想される円高ドル安の背景は、2017年のユーロ上昇の状況に類似している。広範なドル安に加え、過度な円安、経常黒字の拡大、日銀の金融政策の変更が円のさらなる上昇を後押しすると考える。
  • 本稿では、アクティブ投資のポジションまたはヘッジの観点からドル円の保有を考える投資家が抱くと思われる10の質問に答える。

我々は、中期的なドル全面安と円高基調の見通しを踏まえ、先月21日、ドル円の3カ月、6カ月、12カ月予想を102円、100円、98円に引き下げた(従来予想はいずれも110円)。

10の質問:

  1. なぜドル円の見通しを「安定」から「ネガティブ」に変更したのか?
  2. ドル円と日米10年債利回り格差の相関(連動性)は再び高まるのか?
  3. 米10年債利回りが3.5%を超えて急上昇した場合、ドル円はどうなるのか?
  4. なぜ我々は日銀が2018年後半に10年国債利回りの誘導目標を引き上げるとみているのか?
  5. イールドカーブ・コントロール政策が導入されていなかった場合、現在の日本の経済状況を踏まえると、10年国債利回りはどの水準にあると推測されるか?
  6. 我々は2018年後半に日本10年国債利回りが0%近辺から0.2%へと僅かに上昇すると予想する。それなのに、なぜそれほど急激に円高が進むと予想するのか?
  7. ドル円が12カ月後に98円まで下落すると、日本の消費者物価指数(CPI)はどうなるのか?
  8. 日銀短観の企業の想定為替レート(ドル円)は直近で110円近辺だ。これはドル円の下落リスクを抑制することになるのか?
  9. 日本政府・日銀は100円またはそれを下回るドル円の下落にどう対応するのか?
  10. 投機筋は円とドルに対してどのようなポジションを組んでいるのか?

1. なぜドル円の見通しを「安定」から「ネガティブ」に変更したのか?

我々は2017年から2018年の初めにかけて、ドル円はおおよそ108~115円のレンジ内を安定的に推移すると予想してきた。日銀のイールドカーブ・コントロール政策と、過去1年にわたるドル円と日米10年債利回り格差の間の強い連動性がその根拠となった。

ドル円と利回り格差の相関は、ドル安要因に加え、日銀・黒田総裁が金融緩和政策のマイナスの影響について示唆したことから、2017年終盤から2018年にかけて低下し始めた。黒田総裁の発言は、特に日本の経済成長率とインフレ率が持ち直してきたことから、日銀が異次元の金融緩和政策の正常化を始めるシグナルと受け止められた。

こうした動きを踏まえて、我々は1月26日にドル円の3カ月、6カ月、12カ月予想を110円に引き下げ、投資家には円ショートのヘッジを行うよう勧めた。

日銀新人事案の確定を受けて、我々は2月21日にドル円の予想を大きく引き下げた。経済活動が力強く拡大し、インフレ圧力が高まることにより、日銀が金融政策の正常化を進めるようになるため、今後の円の持続的な回復の条件が整うとみている。そのため、ドル円の3カ月、6カ月、12カ月予想をそれぞれ102円、100円、98円とした。

日銀人事については、現行路線派と緩和積極派のどちらも指名される可能性もあったことから、新人事案の確認が重要だった。緩和積極派が起用されていれば、ドル円は115円まで、またはそれを超えて上昇する可能性があった。しかしながら、今回の新人事案から、日銀は2018年後半に金融政策の正常化を始める可能性が高いと、我々はみている。為替市場はそうした金融政策の変更を前倒しして織り込むと思われ、日銀にとっては試練になるだろう。

我々のドル円の予想変更は、円の上昇だけではなく、ドル全面安の見通しも背景にある(ユーロ/ドルの12カ月予想は1.30)。実際のところ、2018年の円高進行の見通しは、2017年のユーロ高のケースに類似していると思われる。金融政策の変更が近い経常黒字国の過度に売られた通貨は、為替レートが大きく見直される可能性が高い。

2. ドル円と日米10年債利回り格差の相関(連動性)は再び高まるのか?

2017年を振り返ると、市場は日銀が10年国債利回りの誘導目標をゼロ%程度のまま維持することについて確信度を高めたことから、ドル円と利回り格差の相関が低下した局面は短く終わった。日本のマクロ経済データは金融政策の変更を示唆していなかったことから、ドル円と日米10年債利回り格差の相関が低下している局面で、投資家のドル(対円で)買い意欲が高まった。

年初来、投資家は日銀が金融政策の正常化(利回り上昇を許容)を始めるリスクに敏感になっていた。実体経済を示す指標が底堅さを見せ、インフレ率が回復しつつあることから(実質利回りのマイナス幅は拡大)、現行の金融緩和の程度が一段と増しているといえる。これにより日銀が金融政策を変更する道が開かれ、2017年のユーロのケースと同じように円が本格的に円高方向に調整すると考える。よって、利回り格差はドル円の方向性を示す指針として有効性が低下するとみている。昨年年央以降のユーロ/ドルと米独10年債利回り格差の相関の低下が参考になる(図表7参照)。さらに、ドル円は足元の日米10年債利回り格差によるサポートが得られなければ、一段と下落するとさえみている。

経済成長率とインフレ率の大幅改善により、「黒田プット」に対して市場は懐疑的であることから(円高や株式市場の下落に対処するための追加金融緩和の可能性が低下)、円ショートのポジション解消が進み、円高を後押ししていると考える。

3. 米10年債利回りが3.5%を超えて急上昇した場合、ドル円はどうなるのか?

はじめに米10年債利回りが急上昇すると、世界的にリスク回避の動きが再び強まり、最初の動きとして(円を調達通貨とする投資家がリスク資産を売却することで)、円が上昇すると考える。

しかし、そうした第一段階の動きの後にドル円が反発するかどうかは、米国債の利回り上昇の要因次第となってくる。米国の歳出拡大(及び米国債の発行拡大)と海外投資家の米国債への投資意欲の減退が利回り上昇の主な原因となる場合は、ドル円は下落すると考える。一方、米国の投資拡大と生産性の大幅向上が利回り上昇の主な要因となる場合は、米政策金利のターミナル・レート(今回の利上げサイクルで予想される最高金利)を引き上げることとなり、ドル円は上昇するとみている。

4.なぜ我々は日銀が2018年後半に10年国債利回りの誘導目標を引き上げるとみているのか?

円高が進むとしても、堅調な内需及び人手不足が日本の物価上昇を後押しすると考える。2018年のGDP成長率は、輸出ではなく内需がけん引し1.7%近くになると予想する。また人手不足は失業率が2.4%と22年ぶりの低水準まで低下するなか、さらに深刻になると思われる。有効求人倍率も1.6倍と43年ぶりの高水準となった。

こうした状況を踏まえて、日本のコアコアCPI(生鮮食品とエネルギーを除く)が2018年後半に1%に達すると予想しており、日銀が10年国債利回りの誘導目標を引き上げる引き金になると考える。日銀は誘導目標の引き上げに際し、実質金利が依然としてマイナスの領域にあり、金融政策の緩和基調は維持されると市場を説得すると予想する。また日銀は経済が堅調なことから、特にドル全面安の局面ではドル円の下落を許容すると考える。

5. イールドカーブ・コントロール政策が導入されていなかった場合、現在の日本の経済状況を踏まえると、10年国債利回りはどの水準にあると推測されるか?

日本の実質GDPトレンド、インフレ・トレンド、政府債務残高(対GDP比)、日銀の政策金利に基づく我々の経済モデルによると、日本の10年債利回りは0.7%に近づいていたと推定される。同モデルの10年債利回りの内訳は、実質GDP成長率ファクターとインフレ・ファクターが1.1%ポイント、財政リスクプレミアム・ファクターが0.2%ポイント。これから、極めて低い日銀の政策金利(現在-0.1%)と国債買い入れにより0.6%ポイントがマイナスされる。

従って、足元の日本10年国債利回りが過度に低いことは明らかで、インフレ率及び実質GDP成長率のトレンドが一段の改善を見せる中、利回り上昇圧力が高まるものと考える。こうした状況と、日銀が利回り上昇(日本の金融機関の日本国債の保有縮小による)を抑制するために日本国債の購入を加速させる可能性が低いことから、日銀は2018年後半に10年国債利回りの誘導目標を20ベーシスポイント(bp)引き上げると予想する。

6. 我々は2018年後半に日本10年国債利回りが僅かに上昇すると予想しているが、なぜそれほど急激に円高が進むとみているのか?

日本10年国債利回りの誘導目標について僅かな引き上げを見込んでいるが、3つの理由から円の大幅上昇を予想する。第一に、円が過度に売られたことからその反動も大きくなるとみている。第二に、日銀の金融政策のサイクルが転換点を迎えたことを示すシグナルこそが重要であり、10年債の利回り上昇の幅はさほど重要ではないと考える。

第三に、市場は黒田プットを今後も期待しないと我々はみている(質問2で述べた通り)。日本の経済成長率及びインフレ率のトレンドが改善を続ける限り、20bpの引き上げは最初の第一歩であり誘導目標の修正は続くと市場から受け止められると考える。よって、調達通貨として円を利用する魅力度が低下し、円ショートのポジション解消が徐々に進むリスクが高まるであろう。

7.ドル円が12カ月後に98円まで下落すると、日本のCPIはどうなるのか?

ドル円が98円まで下落すると、円の上昇率は9%(対ドル)となる。日銀のマクロ経済モデルは10%の円高が総合CPIを0.4%ポイント引き下げると推定している。コアコアCPIへの影響は2〜3四半期遅れて現れ、0.2%ポイント程度とされている(エネルギー輸入価格低下の国内商品・サービスへの波及効果に時間がかかるため)。

しかし、2つの点で注意が必要である。第一に、円高によるディスインフレの影響は、好調な内需、世界経済の高成長に基づく堅調な輸出、労働市場の逼迫による賃金の上昇といった要因の影響に相殺されると考える。第二に、円がドルに対して8〜10%上昇すると、貿易加重ベースでは6〜7%の上昇(他通貨も上昇すると予想されるため)に留まる。貿易加重ベースの円のスタート地点が低いことから(図表5参照)、日本の経済成長率及びインフレ率の回復が途切れることはないと考える。

8.日銀短観の企業の想定為替レート(ドル円)は直近110円近辺。これはドル円の下落リスクを抑制することになるのか?

日銀短観の大企業の想定為替レート(ドル円)は、実勢レートがこれを継続的に下回ると企業センチメントが悪化し、最終的には日銀の物価目標の達成を困難にするという点で、重要な水準としてしばしば引用される。

同想定為替レートは予想の平均値に過ぎず、ドル円の下限と見なされるべきではない。例えば2016年年初に想定為替レートが118円であったにもかかわらず、ドル円のスポット・レートは2016年2月から同年8月の間に120円近くから100円まで下落した(図表10参照)。

また、2つの理由からドル円が短観の想定為替レートを下回って下落することに対する日銀の政策対応は期待されないだろう。第一に、この下落を日銀が許容できるか否かはインフレへの影響が極めて重要になる。コア・インフレ率が-0.5%まで低下し、日銀の追加緩和が促された2016年の再来は予想していない。インフレ率が経済成長率の加速と労働市場のタイト化によりサポートされ続ける限り、日銀の金融政策は正常化の方向に向かうものと考える。そのため日銀が積極的な緩和策を講じる可能性は今のところ低いとみている。

第二に、ドル円と日本の輸出実績の相関も低下している。2017年は円がドルに対して約4%上昇したものの、日本の製造業の業績は実質輸出の急回復が奏功し、前年比で4.3%伸びた。実質輸出額は2017年に前年比6.5%拡大し、2013〜2016年の平均1.0%から大きく加速した。事実、ドル円と契約通貨ベースの輸出価格との相関は最近になって大きく低下した。製造業者は円安でなくとも、堅調なグローバル市場の恩恵を受けることができる。為替と輸出の相関低下のもう一つの理由として、製造業が(主に高付加価値製品の生産を国内に残しながらも)既に生産拠点を日本から海外に移したことが挙げられる。結論的には、こうした要因により輸出実績の円に対する感応度が低下した。

9. 日本政府・日銀は100円またはそれを下回るドル円の下落にどう対応するのか?

政府は円の水準よりも、円上昇のペースをより重視していると考える。これは急激な円高が不透明感を高め、企業センチメントに深刻な悪影響を及ぶすためである。一方、緩やかな円高の場合、日本の製造業者は事業計画を修正することができる。事実、麻生財務相は2月中旬(ドル円が106円の水準)に、為替の動きは介入の検討を要するほど急激ではないとコメントした。

我々の基本シナリオは、日本政府・日銀は景気と物価情勢が目標に向かっている限り、円高を許容できるとしている。無秩序な円高(例:短期間の内に10%を超える円高)の兆候が見られる時のみ、積極的な対応が取られると考える。実際の為替介入のハードルは高いとみている。なぜなら、日本は介入を行う前に他の主要中央銀行(特に米国)と協議をする必要があるからだ。

10. 投機筋は円とドルに対してどのようなポジションを組んでいるのか?

先物市場で投機筋による円ショートのポジションが積み上がっており、これが解消される可能性がある(図表11参照)。さらに、ドル円が重要なテクニカル・レベルを下に突き抜けると、投機筋は円のロング・ポジションの積み増しを進めるものと思われる。投機筋はレバレッジ特性によりトレンド・フォロー戦略を選好する(先物市場においてだけではない)。このことは、多くの投機筋が円高トレンドに向けてポジションを組むことで、円ロング・ポジションが拡大する可能性を示唆している。

投機筋がドル・ショートも組んでいる限り(図表12参照)、こうしたポジションの解消はドルをある程度サポートする可能性がある。しかし、我々はドル安がしばらく継続するとみていることから、実際にはドル・ショートのポジションが持続すると予想する。

出所: iStock


図表1:年初来のドル円の下落はドル安が牽引

ドル円とユーロドル(逆目盛)

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月28日


図表2:直近のドル円の下落にもかかわらず、円は
貿易加重ベースで依然として過度に割安

円の実質実効為替レート(REER)とドル円レート

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月28日


図表3:2017年のユーロと同じように円は転換点を
迎えていると考える

円、ユーロ、ドルの実質実効為替レート(REER)

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月28日


図表4:過度な円安が日本の需給ギャップをプラス領域
に押し上げた

日本の需給ギャップと実質実効為替レート(REER)・
名目実効為替レート(NEER)

出所:BoJ、UBS、2018年2月28日


図表5:高水準の経常黒字により円に対して上昇圧力
がかかるであろう

経常収支と実質実効為替レート(REER)・名目実効為替
レート(NEER)

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月28日


図表6:2017年のユーロドルの場合と同じように、
ドル円と利回り格差の相関は低下

ドル円と日米10年債利回り格差(米金利-日本金利)
の連動性

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月28日


図表7:2017年年央以降ユーロドルと米独10年債
利回り格差の相関は低下

ユーロドルと米独10年債利回り格差(独金利-米金利)

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月28日


図表8:長期的にみた場合、ドル円は利回り格差に連動

ドル円と日米10年債利回り格差(米金利-日本金利)

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月28日


図表9:ドル円と利回り格差の相関は低下

日次相関(30日移動平均)

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月28日


図表10:日銀短観の企業の想定為替レートがドル円の
下落を抑制することはない

短観の企業の想定為替レートとドル円のスポット・レート

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月28日


図表11:円回復が勢いを増す中、投機筋が円のネット・ ロングに転じる可能性があるとみている

投機的な円のネット・ポジション(先物契約の件数)

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月20日


図表12:中期的なドル安を背景にして、ドルのショート・ ポジションは持続すると思われる

投機的なドルのネット・ポジション(百万ドル)

出所:ブルームバーグ、UBS、2018年2月20日



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